輪中 輪中の概要

輪中

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/14 01:45 UTC 版)

明治時代初期の濃尾平野の輪中地帯の様子(黄が美濃国(岐阜県)、赤が尾張国(愛知県)、緑が伊勢国(三重県))

本来『輪中』や『輪の内』は「同じ目的の仲間」の意味で用いられた言葉であり[5][6]水害から集落や耕地を守るために地域住民が共同で水防を整える過程で自然発生的に使用されるようになったと考えられるため、実際のところ「輪中」の定義には諸説があり定まっていないところが多い[1]地理学者安藤万寿男、歴史地理学者の伊藤安男らは輪中についての地理学的なグループ研究を推進し、1975年に出版された『輪中 その展開と構造』の中で

輪中とは、(木曽三川流域の)低湿地に存在する集落と農地とを包括する囲堤を持ち、水防組織体をつくって外水および内水を統制する治水共同体、またはその存在する範囲をいう。
輪中研究グループ編著『輪中 その展開と構造』79頁(括弧書きは伊藤安男論文による補足)

と定義付けするとともに[4][1][7]、輪中の必須条件を

  1. 囲堤を持つこと
  2. 集落と耕地を包括していること
  3. 水防組合を組織して水の統制をしていること

の3つに集約しており[1][6]、中でも特に「水防組合の形成をもって輪中の成立とみなすべき」と伊藤安男が1983年の論文で指摘している[4]。つまり「輪中」とは堤防で囲まれた見た目だけでは不十分であり、組織的な水防活動を伴う構造的なものととらえる必要がある[1][6]

なお、日本において現在のように連続堤による治水が一般的となるのは明治時代以降のことであり、江戸時代以前は集落や耕地を守るために必要に応じて堤防で築く治水方法が中心であった[4][8]。「輪中」のように集落や耕地を囲んだ堤防は信濃川荒川利根川淀川などの流域にも現存し[9][10]、信濃川流域では「囲土手」、荒川・利根川流域では「囲堤」、淀川流域では「囲縄手」などの名称で呼ばれていた[9]。かつてはこれら全てを「輪中」と総称されたが、前述のグループ研究などで「輪中」の構造的な側面が論じられると同一視は不適当と考えられるようになり[9]、現在では木曽三川流域以外のものは「輪中」とはみなさない場合が多い[9]。こういった堤防で囲まれた集落について、伊藤安男は著書『地表空間の組織』で「囲堤集落」の用語を提唱した[4][11]。木曽三川以外の地域については「木曽三川以外の囲堤集落」節で詳説する。

また、輪中はオランダ干拓地である「ポルダー: polder)」と比較されることも多い[6]。その例として、地理学者の別技篤彦が輪中を日本の学界に紹介する際に「日本のポルダー」と称し、オランダ技師のヨハニス・デ・レーケは輪中地域の河川改修計画図で輪中に対応する語として「POLDER」を用いていた[6]。安藤万寿男は輪中もポルダーも「堤防を築いて水から土地を守る」という点で共通するとするものの、輪中とポルダーには形成範囲や堤防の形状、堤内の土地利用方法、水防活動の考え方など性格が異なる点が多いと指摘している[6]


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac KISSO Vol.79 5-7頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 輪中(ワジュウ)とは”. コトバンク. 2022年7月21日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 安藤万寿男論文『木曽三川低地部(輪中地域)の人々の生活
  4. ^ a b c d e f 伊藤安男論文『十六村の発達と輪中形成
  5. ^ a b c d e f g h i j k l KISSO特別号 明治改修100周年
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 安藤万寿男論文『輪中に関する二,三の考察(1)
  7. ^ 安藤万寿男編『輪中 その展開と構造』79頁
  8. ^ 防科研資料『防災基礎講座:地域災害環境編 8-1濃尾平野』
  9. ^ a b c d KISSO Vol.60 12-14頁
  10. ^ a b c d e 水から土地を守る、輪中”. 水上の礎. 2022年7月21日閲覧。
  11. ^ 伊藤安男著『地表空間の組織』314-321頁「囲堤集落の提言」
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  14. ^ a b c d 河合成樹論文『濃尾輪中の形態に関する地理学的研究
  15. ^ 角川日本地名大辞典「五六輪中【ごろくわじゅう】」”. JLogos. 2022年9月1日閲覧。
  16. ^ 角川日本地名大辞典「瀬田輪中【せたわじゅう】」”. JLogos. 2022年8月17日閲覧。
  17. ^ 角川日本地名大辞典「帆引輪中【ほびきわじゅう】」”. JLogos. 2022年8月2日閲覧。
  18. ^ KISSO Vol.24 9-10頁
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  22. ^ 岐阜県博物館編『輪中と治水
  23. ^ 西脇健治郎論文『多芸輪中における新田集落の成立と消滅 -輪頂部の大跡・大跡新田をめぐって-』および『多芸輪中
  24. ^ a b c d 機関誌『水の文化』13号 満水(まんすい)のタイ(タイランド)”. ミツカン 水の文化センター. 2022年7月28日閲覧。
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  30. ^ 伊藤重信論文『長島輪中地域の水害と新田開発の歴史地理
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  62. ^ 【寝屋川市】寝屋川市の歴史を紐解くシリーズ第5弾!寝屋川にも堤防で囲われた「輪中」があった!サイフォンの原理を応用した「久左衛門樋」とは?”. 号外NET 寝屋川市 (2020年10月21日). 2022年9月9日閲覧。
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