財政政策 財政政策に対する思想とその変化

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 政治 > 政治活動 > 政策 > 財政政策の解説 > 財政政策に対する思想とその変化 

財政政策

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/12 00:27 UTC 版)

財政政策に対する思想とその変化

アメリカではロバート・ルーカスロバート・バローらの批判による「裁量」から「ルール」への経済政策の転換、さらに、汚職財政赤字、「政府の失敗」などにより、今日では、裁量的な財政政策による景気変動の安定化が専門家から支持されることは少ない。

後述のマンデルフレミングモデルやバローによる公債の中立命題の指摘などもあり、アメリカでは1980年ころから景気変動の安定化は金融政策の役割であると考えられるようになった。したがって、財政政策の目的は景気対策から離れ、恒常所得や資本の増加を目的とした恒久的な減税や、歳入を増加させるための増税、もしくは政府にしか供給できない公共財の提供や補助などが中心となっていった。

これは、一つの政策目標ごとに一つの政策手段が必要というティンバーゲンの定理からわかるように、景気の安定化という一つの目標には、金融政策という一つの政策手段で達成可能と考えられたことによる。固定相場制時代には、金融政策は為替レートの固定という政策目標を与えられていたために、景気の安定化には別な政策手段として財政政策が必要であったが、変動相場制になり金融政策が為替レートの維持から自由となったことによって、金融政策を景気安定化のために使用可能となった。

マンデルフレミングモデル

金融緩和を伴わない場合、財政政策による景気刺激は金利上昇によって設備投資のクラウディングアウトを引き起こしてしまう場合がある(流動性の罠などで金利がゼロバウンドで上昇しない場合などは除く)。また、変動相場制においてマンデルフレミングモデルが示すところによれば、世界の金利水準に影響を与えない程度の経済的小国で、資本移動が完全に自由で、さらに自国と海外の資産が完全代替的である国の場合、金利上昇が為替レートの増価(日本の場合であれば円高)を引き起こして輸出減少・輸入増加が起こることによって、当初の財政支出の増加の景気刺激効果を減弱してしまうことが分かる。1970年代から80年代にかけての日本では、こうした効果を緩和するための金融政策と財政政策の最適なポリシーミックスのありかたがマクロ経済政策の課題とされた。

なお、京都大学大学院工学研究科教授の藤井聡は、マンデルフレミングモデルはインフレーションであることが前提となっており、デフレーションにおいては全く通用しないとの批判を述べ(ただし、インフレを前提としていることや、デフレでは通用しないことの根拠についての説明はない)、デフレ下の日本では財政政策は無効にならないと主張している[51][信頼性要検証]

穴を掘って埋める公共事業

国民の経済的幸福度を測るには本源的には効用ベースによるものであるが、それを実際に計測すること及び国民全体の効用として統合することは非常に困難であり、代替変数として消費の大小でもって国民の幸福度を測ることが次善の策となる。そして、投資(公共事業の一部や民間投資)は生産力増大により将来の消費を増加させることにこそ意味があり、現在の消費と、将来の消費に関わる投資を足し合わせたものであるという点において、GDP統計を国民の幸福度を表すものとして見る意味がある。

以上のことを前提とすると、本当に穴を掘って埋めるだけで生産性ゼロの公共事業は、確かにGDPを増加させるものの、現在の消費も将来の消費も直接には増やさないという点で、望ましいとも望ましくないとも言えない。GDPと公共事業はパラレルに変化し、消費+民間投資は一定なので、現在および将来分を考えた消費は増えない。ただし、所得再分配が起きることから低所得者層の消費が増えるという点で意味はある。

さらに、穴掘って埋めもしないような公共事業の場合、生産性を低下させてしまうことも考えられる(現実的には、生産性がほぼゼロの道路や箱物なのに、その維持に労力が必要となり、機会費用が発生してしまう場合や、単純に生産活動を妨げるような設備への投資など)。このような時には、現在の消費は変わらず、将来の消費は生産性の低下から減少してしまうので望ましい状態とは言えない。

非自発的失業という社会的な無駄が発生している場合に公共事業でもってその無駄を無くすということは一般的には望ましいが、それでもその労働力をどのようなものに向けるかによって望ましさは大きく異なることとなる。このことは、どのような事業が好ましいかが昔ほど明確ではない2013年現在において、その事業の内容を問わず公共事業でもって有効需要を増やせば良いとする考え方の問題点が大きくなってきていることを意味する。

結局、有効需要の理論は、投資先によってその優劣があるという当然のことが「穴掘って埋めてもいい」の言葉でうやむやにされたこと、本来は現在および将来に渡る消費こそが問題であるのに、そことは関係なくGDPを増やせば良いという見方をされるようになったこと、などの問題点を持つ。

流動性の罠

日本のゼロ金利政策下での不況などに代表される、流動性の罠に近づいた場合などの金融政策の有効性が低下した場合や、1929年の世界経済のように恐慌のように急激な景気悪化に陥った場合などには、2013年現在でも財政政策の発動による需要の喚起が必要という見方もある。ただし、日本が実際に流動性の罠にあるのか、あるいは流動性の罠が現実の経済としてありえるのかについては疑問の声もある[52]


  1. ^ 栗原昇・ダイヤモンド社 『図解 わかる!経済のしくみ[新版]』 ダイヤモンド社、2010年、94-96頁。
  2. ^ a b 岩田規久男 『「不安」を「希望」に変える経済学』 PHP研究所、2010年、87頁。
  3. ^ 岩田規久男 『日本経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2005年、238頁。
  4. ^ 岩田規久男 『「不安」を「希望」に変える経済学』 PHP研究所、2010年、88頁。
  5. ^ 伊藤元重 『はじめての経済学〈下〉』 日本経済新聞出版社〈日経文庫〉、2004年、47頁。
  6. ^ a b c d e f g h 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、114-115頁。
  7. ^ 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、117-118頁。
  8. ^ 田中秀臣 『デフレ不況 日本銀行の大罪』 朝日新聞出版、2010年、268頁。
  9. ^ 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、116頁。
  10. ^ 田中秀臣 『デフレ不況 日本銀行の大罪』 朝日新聞出版、2010年、238頁。
  11. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、181頁。
  12. ^ 岩田規久男 『日本経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2005年、240頁。
  13. ^ 岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、254頁。
  14. ^ 中野剛志 『レジーム・チェンジ-恐慌を突破する逆転の発想』 NHK出版〈NHK出版新書〉、2012年、207頁。
  15. ^ 大恐慌を防ぐにはインフレ政策しかない--ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授東洋経済オンライン 2009年1月16日
  16. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、78頁。
  17. ^ a b c 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、56頁。
  18. ^ 増税・緊縮「狂気の沙汰」をさらりと喝破FACTA online 2012年9月号
  19. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、180頁。
  20. ^ 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、125頁。
  21. ^ 池田信夫 『希望を捨てる勇気-停滞と成長の経済学』 ダイヤモンド社、2009年、145頁。
  22. ^ 森永卓郎 『日本経済50の大疑問』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、96-97頁。
  23. ^ 田中秀臣・野口旭・若田部昌澄編 『エコノミスト・ミシュラン』 太田出版、2003年、79頁。
  24. ^ 原田泰・大和総研 『新社会人に効く日本経済入門』 毎日新聞社〈毎日ビジネスブックス〉、2009年、22頁。
  25. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、82頁。
  26. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、84頁。
  27. ^ 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、168頁。
  28. ^ 岩田規久男 『「不安」を「希望」に変える経済学』 PHP研究所、2010年、88-89頁。
  29. ^ 政策研究・提言 通商貿易政策 乗数効果はなぜ小さいのか東京財団 2011年5月24日
  30. ^ 原田泰 『コンパクト日本経済論(コンパクト経済学ライブラリ)』 新世社、2009年、78頁。
  31. ^ 田中秀臣 『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』 講談社〈講談社BIZ〉、2006年、58頁。
  32. ^ 佐藤雅彦・竹中平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 日本経済新聞社学〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、344-345頁。
  33. ^ 法人税減税とTPPで復活する日本〔1〕PHPビジネスオンライン 衆知 2014年2月10日
  34. ^ 原田泰・大和総研 『新社会人に効く日本経済入門』 毎日新聞社〈毎日ビジネスブックス〉、2009年、26-27頁。
  35. ^ 原田泰・大和総研 『新社会人に効く日本経済入門』 毎日新聞社〈毎日ビジネスブックス〉、2009年、27頁。
  36. ^ 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、60頁。
  37. ^ 竹中平蔵 『経済古典は役に立つ』 光文社〈光文社新書〉、2010年、120頁。
  38. ^ 佐藤雅彦・竹中平蔵 『経済ってそういうことだったのか会議』 日本経済新聞社学〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、345頁。
  39. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、97頁。
  40. ^ a b 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、87頁。
  41. ^ 岩田規久男 『日本経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2005年、247頁。
  42. ^ コモディティ高時代の世界の景気安定策とは東洋経済オンライン 2008年8月1日
  43. ^ アメリカ経済の低迷がこれからも続く理由--ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授東洋経済オンライン 2010年11月5日
  44. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、84-85頁。
  45. ^ 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、86頁。
  46. ^ 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、191頁。
  47. ^ 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、190-191頁。
  48. ^ 田中秀臣 『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』 NHK出版〈生活人新書〉、2009年、147頁。
  49. ^ [アベノミクス第二の矢]ついに暴かれた公共事業の効果〔1〕PHPビジネスオンライン衆知 2014年5月10日
  50. ^ 田中秀臣 『デフレ不況 日本銀行の大罪』 朝日新聞出版、2010年、242頁。
  51. ^ 閉鎖論と経世済民の学ここ 新世紀のビッグブラザーへ 2010年12月22日
  52. ^ Why I don’t believe in liquidity traps邦訳
  53. ^ a b みずほ総合研究所編 『3時間でわかる日本経済-ポイント解説』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、45頁。
  54. ^ みずほ総合研究所編 『3時間でわかる日本経済-ポイント解説』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2002年、102頁。
  55. ^ 岩田規久男 『日本経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2005年、239頁。
  56. ^ a b 岩田規久男 『マクロ経済学を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、1996年、208頁。


「財政政策」の続きの解説一覧




財政政策と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「財政政策」の関連用語

財政政策のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



財政政策のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの財政政策 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS