財政政策 効果と弊害

財政政策

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/12 00:27 UTC 版)

効果と弊害

財政政策は、確実な「政府需要」を生み出せる[17]。例えば、政府が公共投資を行えば、少なくともその分だけは総需要は増え名目GDPが成長する[17]。一方で財政政策は、資源配分・所得配分に歪みが生じる[17]

効果

マクロ経済学で用いられる理論のひとつであるIS-LM分析を用いると、財政政策と金融政策の適切な組み合わせ(ポリシーミックス)によって景気変動を安定化できることが分かる。金融政策だけでは、痛みの出ている箇所への集中投下ができないため即効性がなく、また大きな産出量ギャップを埋めるには財政政策が不可欠になってくる[18]。特に不景気と低インフレで経済が流動性の罠に陥り、金融政策による利下げが効果を失っている局面では、政府が直接に総需要を拡大する財政政策が重要になる。

政策金利の引下げなど金融政策による経済への影響が政策の発動から時間を要するのに対して、財政政策による効果は発現までの時間が短いとされることが多いとされている。マネーサプライの増加が名目GDPを増加させるまでには数四半期かかるとされることが多いが、公共事業の増加などは支出の時点で効果を発揮するとされている。このため財政政策を用いて経済を安定化させるというファイン・チューニング英語版という考え方が広まった。

政府が行う財政政策は、総需要管理のための最も簡単な手段であり、投資としての公共事業・政府支出を拡大すれば、その分は必ず総需要が拡大する[19]。財政政策を発動すると通常は乗数効果によって需要面でより大きな影響が経済へもたらされる。このため、失業などが発生しても、その一部を財政政策で解決することで他の失業を解決できる。失業の撲滅は、社会的な安定へ直結する。また、適切な公共財の供給がなされれば、社会資本が充実し経済全体の生産性向上をもたらしたり市場の失敗が修正されることで、供給面にも好影響をもたらす。

経済学者の田中秀臣は「長期国債を発行して経済を活性化させれば、経済全体が拡大することによって税収が増え、長期的には国債発行を抑制・縮小する方向になる。これはノーマルな考え方である」と指摘している[20]

池田信夫は「財政支出は、基本的には支出される年度にしか効果はない」と指摘している[21]

森永卓郎は「財政政策の効果がないと言われる理由の一つは、タイミングの問題である。財政出動すれば、効果はその後数年から数十年にわたって出てくる。財政出動の初期段階では財政赤字は拡大するが、その後に景気拡大に伴う税収増で徐々に回収され、最終的にはプラスになるというのが基本的な効果の現れ方である」と指摘している[22]

経済学者の若田部昌澄は「財政政策の効果は期待による。財政政策はどこかで必ず徴税する。要するにどの時点で徴税するかという期待に応じて政策の効果が違ってくる」と指摘している[23]

経済学者の原田泰大和総研は「公共事業より減税のほうが効果は小さいが、公共事業のほうがよいとするかどうかは考え方の違いによる。減税は政府の規模の縮小・国民の経済的自由の拡大を促すが、公共投資の増大は政府が使い道を国民に指図する」と指摘している[24]

乗数効果

公共事業の乗数効果よりも減税の乗数効果の方が理論的に考えて小さく、内閣府の計量分析などによっても示されている[25]。また、減税と政府支出を同時に行うと、結果として起こる変化の区別が困難となる[26]

経済学者のポール・クルーグマンは、減税政策の乗数効果は、0.5程度しかないとしている[27]

経済学者の岩田規久男は財政政策が乗数効果を弱める要因として、

  1. 人々が一時的な所得の増加と考え、消費を増やさない可能性
  2. 国債残高の増加により、人々が将来の増税を予想し、消費を抑制して貯蓄に走る可能性
  3. 国債残高の増加により、金利の上昇・自国通貨高が起き、輸出が減った結果、需要拡大効果を相殺してしまう可能性

を挙げており、これは減税にも当てはまるとしている[28]

原田泰は「仮に、政府支出を増大するとGDPがその乗数倍だけ増えるというケインズ経済学の考えが正しければ、いくら政府支出を拡大しても債務残高の対名目GDP比率は高くならないはずである」と指摘している[29]。また原田は「ケインズの乗数は高い失業率の状況を前提としている。そのような状況であれば乗数が大きいことも考えられるが、いずれ雇用は拡大しそれ以上拡大できない状況となる。どのような状況でも乗数が大きいとは考えられない」と指摘している[30]

「(日本では)財政政策の乗数効果は、経済構造の変化によって低下している」という議論について、田中秀臣は「財政政策の効果が低下したのは、主に金融政策の引き締め的スタンスが原因であり、そのことによって著しく乗数効果が落ちてしまった」と指摘している[31]

弊害

財政政策で国民経済の供給力をあまりにも大きく超える有効需要を創出した場合、高インフレや、投機の過熱によるバブルが発生する可能性がある。自動安定化機能が行き過ぎた効果を持ち、景気拡大期に税負担が増加して景気を悪化させてしまうなどの悪影響を持つ場合には、フィスカル・ドラッグと呼ばれ、1970年代には盛んに議論された。

経済学者の竹中平蔵は「ケインズ経済学は、万能ではない。失業が増えたから需要を増やしたまではよいが、それで失業が無くなったからといって政府が財政支出を減らすかというとそうはならない。公共事業を一回やると、今度それを減らすのは大変となる。民主主義社会において、失業を無くすために需要をつくり始めたら、財政は徹底的に拡大し赤字となる」と指摘している[32]

原田泰は「財政政策の効果は持続性に乏しく、長期的には反動減を生む」と指摘している[33]。原田泰、大和総研は、日本の場合で「名目GDP1%分の公共事業は、財政収支の対GDP比を0.5%悪化させる[34]」「名目GDP1%分の所得税減税は、財政収支の対GDP比を0.81%悪化させる[35]」と指摘している。

経済学者の野口旭、田中秀臣は「財政の本来の機能は、マクロの安定化というよりも、徴税を通じた公共財の供給である。景気対策としての政府支出は、政治的利権が絡むため、どうしても『無駄金』が多くなる」と指摘している[36]

経済学者のジェームズ・M・ブキャナンは、財政は下方硬直性があり収縮しないで膨張し続ける傾向があると指摘している[37]。ブキャナンの「民主主義の中に財政赤字は組み込まれている」といった議論は、労働組合への自粛や賃金のメカニズムを重視といった運動につながっていった[38]

公共事業を実施するにはまず予算措置が必要であり、国会や地方議会の議決を必要とするので、政策の決定から実施までの期間は必ずしも金融政策よりも短いとは限らない。アメリカの経済学者の中には、アメリカでは財政政策はしばしば景気変動を大きくしてしまったという見解もある。

経済学者のミルトン・フリードマンは財政政策による景気安定化について、政府に効果的な財政支出を選ぶ能力は無い、政策決定の遅れが生じ効果が無いなどの批判をしている[39]

岩田は「政府がインフレや景気後退を認知してから、政策の立案、予算の審議などを可決・実行するまでには長い時間がかかり、対策としてすでに手遅れになっていたり、逆に景気変動を助長させたりする可能性もある」と指摘している[40]。また岩田は「インフレや景気後退の認知から政策の実行までの遅れを考慮すると、総需要の微調整を目的とした裁量的財政政策の有効性には限界がある[40]」「財政政策は社会資本の形成と社会保障などの富の再分配政策に専念すべきである[41]」と指摘している。

経済学者のケネス・ロゴフは「非常に多くの国の経済学者が、景気問題への解決策は現状を維持するために減税をし、補助金を与えることだと考えている。先進国が一国だけでケインズ経済学的な刺激策を講じれば、不況の痛みを和らげることになるかもしれない。しかし、すべての国が同時に消費を刺激しようとすれば、政策効果が発揮されることはない[42]」「残念ながら、ケインズ的な需要管理政策は万能薬ではない。減税は長期的には生産性を高めるが、政府部門の拡大は経済的な活力を取り戻す処方箋ではない。市場経済の中で政府が行うべき有益な政策は多くあるが、過度に景気刺激策を求めることは、理性的な議論にとって有益ではない。当然、国の財政も問題となる[43]」と指摘している。

合理的期待形成仮説によると、減税されても、人々は将来の増税を予想して、増税に備えて減税分をすべて貯蓄に回す可能性があるとしてる[44]。一方で、合理的期待形成の理論に対して、人々は合理的ではなく、将来の増税に備えることなく減税分の大半を消費に回してしまうという反論がある[45]

経済学者の小野善康は「失業者のセーフティーネットとしての補助金やバラマキ減税よりも、その財源を賃金として活用するほうがよい」と主張している[46]

野口旭、田中秀臣は「マクロ経済政策としての財政政策によって、循環的な要因によって生じる失業倒産を可能な限り減らすことは、政府のみができる重大な機能である。政府が財政赤字の一時的な拡大を嫌って経済的能力の行使を拒否し、失業・倒産を放置することは、政府の経済的な存在根拠自体を否定することになる」と指摘している[47]

田中秀臣は「不景気のときに財政政策を行う場合、効率性のみを基準にして否定するのは賢明ではない。例えば、公務員を多く雇用するということは、生産性の低い人を多く抱えるということである」と指摘している[48]

原田泰は「政府支出で雇用を創出するなら、特定の支出に偏らないことが望ましい。特定の支出に傾けば、供給のボトルネックが生まれて価格が上昇し、雇用拡大効果を阻害する」と指摘している[49]

田中秀臣は「政府支出を拡大することによって、経済に占める政府部門の割合が高まると経済全体の非効率性をもたらすという問題がある。不況対策をやる場合は、必ず金融政策と組み合わせてやらなければならない」と指摘している[50]


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