焼入れ 焼入れ後の材質

焼入れ

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焼入れ後の材質

焼入れ硬さ

焼入れ後の最高硬さは、ほぼ炭素含有量によって決定され、他の合金元素の影響は少ない[83]。概算式として、マルテンサイトの含有率に応じた硬さの計算式を示す[35]

  • 90%マルテンサイト焼入れ硬さ
  • 50%マルテンサイト焼入れ硬さ
  • 微細パーライト焼入れ硬さ(0%マルテンサイト)

ここで、HRCロックウェル硬さC炭素質量パーセント濃度 (%) である。ただし、炭素量がある程度以上になると硬さの上昇は飽和して変化しなくなり、上記の概算式は成立しなくなる[83]。炭素量が約0.6%を超えると焼入れ硬さが大体一定となる[84]

最高硬さは炭素含有量によって決まるが、どれだけ加工品の内部深くまで硬くなるかは加工品材料の焼入れ性によって大きく影響され、炭素以外のモリブデンなどの合金元素の影響もある[85]

機械的性質

硬さ以外の機械的性質としては、引張強さ、降伏比(降伏点/引張強さの比)も焼入れにより向上する[86]。しかし、硬いが非常に脆い性質になっており、また、後述の焼入れ応力により強度に悪影響を及ぼす残留応力も発生している[87]。この残留応力は耐摩耗性にも悪影響し、焼入れし放しのものは硬さの割に摩耗に弱くなる[88]

低炭素構造用鋼による結果を例として、熱処理の種類による機械的性質の違いを以下に示す。

低炭素構造用鋼の機械的性質の熱処理による変化の例[89]
(試験片長手方向は圧延方向に平行の場合)
熱処理 引張強さ(MPa) 伸び(%) シャルピー衝撃値(J/cm2)
圧延のまま 535 39.0 254
850℃焼ならし 533 40.0 303
900℃水焼入れ 1252 15.1 89
900℃水焼入れ・300℃焼戻し 1240 13.5 84
900℃水焼入れ・500℃焼戻し 813 21.3 215
900℃水焼入れ・600℃焼戻し 700 25.0 272

その他の性質

物理的性質としては、焼入れにより、電気抵抗は増加し、熱伝導率は低下する傾向にある[90]。化学的性質としては、マルテンサイトは、焼戻し後組織のトルースタイトと比較すると腐食しにくい性質を持つ[91]


注釈

  1. ^ 本記事では、日本工業規格[1]学術用語集[3]に準じて「焼入れ」の表記で統一する
  2. ^ 加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を保持時間と呼ぶ場合もある[40]
  3. ^ a b TTT図は、ある温度まで非常に急冷させた後に一定温度に保持し、変態の開始、進行割合、終了の時間とその一定温度の関係を示したもの[49]。CCT図は、一定速度で冷却させて、変態の開始、進行割合、終了の時間と温度の関係を示したもの[49]。実際の冷却はある速度を持っているので、CCT図の方が実際に近い[50]。ただし、等温焼入れを行う場合は、TTT図が条件設定に利用される[51]。また、連続冷却の場合でも実際の冷却は一定速度にはならないので、CCT図も実際の冷却とは異なっている[51]。このように、TTT図もCCT図も、実際の現象と離れた点を含む注意点がある。
  4. ^ 冷却方法ではなく、高周波焼入れのような表面焼入れなどと区別して普通焼入れとも呼ぶ
  5. ^ あるいは、ソルバイト組織を得る焼入焼戻しに限って調質と呼ぶ場合もある[77][79]
  6. ^ 日本刀の特徴である刀身の反りは、この焼曲りによるものである[147]

出典

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