海老名氏 海老名氏の概要

海老名氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/05 05:12 UTC 版)

  1. 小野朝臣横山党を出自の海老名氏。本項で詳述。
  2. 清和源氏山名氏を出自。但馬播磨備後安芸守護。山名教豊の四男が海老名豊継を称したのが始まり。
  3. 海老名耕地の海老名氏。

海老名氏
二つ木瓜に庵ふたつもっこうに いおり
庵に二つ木瓜いおり に ふたつもっこう
本姓 1.小野朝臣横山党分流
2.清和源氏山名氏
家祖 不詳
種別 武家
出身地 相模国高座郡海老名
主な根拠地 播磨国矢野荘
相模国海老名
著名な人物 海老名季貞
支流、分家 播磨海老名氏(武家
荻野氏(武家)
小野氏(武家)
本間氏(武家)
国府氏(武家) など
凡例 / Category:日本の氏族

1の海老名氏は、

家紋は「庵に二つ木瓜」・「二つ木瓜 に 庵」。荻野氏・小野氏本間氏・国府氏などの庶家を分出している。 後に海老名季久は、治承・寿永の乱(源平合戦)に功をたて鎌倉幕府の御家人となっている。根拠地は相模国高座郡で、現在の神奈川県海老名市。その後、海老名氏は播磨国矢野荘地頭職を与えられ国人領主を務め、その分流が「播磨海老名氏」の基となった。また室町幕臣へも一門より輩出している。

3の海老名耕地の海老名氏は、

元弘3年(1333年鎌倉幕府の討幕運動により、北関東より攻めてきた新田義貞軍と戦い、敗退。永享10年(1438年)に永享の乱があり、関東管領足利持氏との戦いで滅亡した。海老名氏の館は有鹿神社のすぐ南にあり(現在名は上郷、御屋敷)、氏神として有鹿神社とその別当寺の総持院を篤く崇敬していたが、海老名氏の滅亡と共に往時の権勢を失い衰退する。

関連項目





「海老名氏」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「海老名氏」の関連用語

海老名氏のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



海老名氏のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの海老名氏 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS