浜島町塩屋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/21 16:29 UTC 版)
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[WEB 8]。
番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 志摩市立浜島小学校 | 志摩市立浜島中学校 |
浜島中学校は塩屋の飛び地にある。2009年(平成21年)度まで、塩屋は志摩市立迫塩小学校(はくえんしょうがっこう)の学区であったが、迫塩小学校が浜島小学校と統合したため、現在は浜島小学校に通学している。
漁業権闘争
塩屋には元来、漁業を主業とする者はなく、漁業権(専用漁業権と区画漁業権)は浜島漁業協同組合(現在の志摩市浜島町浜島地区)が免許を有していた[9]。近隣の迫子や桧山路も同様であった[9]。その後、地先海面漁業権の獲得を目指して塩屋・迫子・桧山路(以下、「3地区」とする)の住民と浜島漁協が激しく争い、1903年(明治36年)6月に入漁権の契約が提携された[9]。しかし3地区にとっては、わずかな権利が得られたのみであった[9]。続いて1907年(明治40年)1月に真珠区画漁業権の争いが勃発、3地区は浜島漁協に漁業権管理を委託、各地区は戸数に応じた配分金を受け取ることで決着した[9]。
こうして漁業権で苦い経験をした3地区は浜島漁協に対抗するための組織の必要性を痛感し、1911年(明治44年)に「迫子塩屋桧山路漁業協同組合」を発足させた[9]。事務所は迫子に置き、塩屋からは37人が組合に加入した[10]。しかし、浜島漁協の漁業権免許更新期がくるたびに漁業権獲得に向けて闘うも勝つことはなく、浜島漁協から貸与という形での操業を続けた[11]。1944年(昭和19年)には、組織名を「迫子塩屋桧山路漁業会」と改めた[11]。
太平洋戦争の終結後、1949年(昭和24年)に迫子地区が迫子漁業協同組合を設立、塩屋も翌1950年(昭和25年)に塩屋漁業協同組合を設立した[11]。その後、塩屋地区単独での漁協経営が長く続いたが、2002年(平成14年)7月1日に英虞湾岸の漁協が大合併して志摩の国漁業協同組合が発足[12]、塩屋支所となった。更に2010年(平成22年)2月1日には、三重県南部の漁協の広域合併により、三重外湾漁業協同組合が発足[WEB 9]、志摩支所浜島事業所塩屋となった。
交通
- 道路
- 三重県道17号浜島阿児線 - 塩屋を東西に通る幹線道路。飛び地では浜島バイパスが中央部を、本線が地区の東端を通過する。
WEB
- ^ a b “志摩市の人口について”. 志摩市 (2019年7月31日). 2019年8月28日閲覧。
- ^ a b “浜島町塩屋の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ^ “住所コード検索”. 自動車登録関係コード検索システム. 国土交通省. 2015年9月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月30日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- ^ “学校通学区”. 志摩市. 2019年8月28日閲覧。
- ^ 三重県農水商工部水産経営室漁協グループ"三重県農水商工部水産経営室/漁協合併"平成22年5月1日.(2011年6月22日閲覧。)
- ^ “伊勢志摩 きらり千選 202.塩屋浅間と塩屋千曳山”. 伊勢志摩きらり千選実行グループ. 2023年3月1日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。
文献
- ^ a b 浜島町史編さん委員会編 1989, p. 3.
- ^ a b c d 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 1429.
- ^ a b c d e f g h 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 540.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 1427.
- ^ a b c d 平凡社地方資料センター 1983, p. 697.
- ^ 浜島町史編さん委員会編 1989.
- ^ 志摩市小学校社会科副読本編集委員会 編(2009):151ページ
- ^ a b 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 541.
- ^ a b c d e f 浜島町史編さん委員会編 1989, p. 438.
- ^ 浜島町史編さん委員会編 1983, p. 438.
- ^ a b c 浜島町史編さん委員会編 1989, p. 439.
- ^ 浜島町史編さん委員会編 1989, p. 87.
- ^ a b c d 曽我部 1911, p. 241.
- ^ a b 三重県神職会編 1926, pp. 260–262.
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