朝鮮戦争 呼称

朝鮮戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/11 03:30 UTC 版)

呼称

呼称に関しては、日本では朝鮮戦争(ちょうせんせんそう)もしくは朝鮮動乱(ちょうせんどうらん)と呼んでいるが、韓国では韓国戦争あるいは開戦日にちなみ6・25戦争、北朝鮮では祖国解放戦争、韓国を支援し国連軍として戦ったアメリカやイギリスでは英語でKorean War、北朝鮮を支援した中華人民共和国では抗美援朝戦争(「美」は中国語表記で「美利坚(アメリカ)」の略)または朝鮮戦争と呼ばれている。また、戦線が朝鮮半島の北端から南端まで広く移動したことから「アコーディオン戦争」とも呼ばれる。

開戦までの経緯

第二次世界大戦終戦時の朝鮮の政治状況

第二次世界大戦の連合国会議によって、降伏後の日本が朝鮮半島を含む海外領土の統治権を放棄することは既定方針であり、1945年7月26日に発表されたポツダム宣言においてもその方針は明らかにされていた。

8月9日に行われたソ連軍の日本と満州国への侵略に伴う、日本領の朝鮮半島への侵攻という事態に直面し、アメリカはソ連に38度線での分割占領案を提示した。この境界線はアメリカ陸軍のディーン・ラスクらによって30分間で策定されたものであり[12]、アメリカ軍占領域にその後大韓民国の首都ソウルとなる京城府が含まれる事も考慮されていた[13][14]日本政府は8月14日にポツダム宣言受諾を連合国に通告、日本の降伏が決定された。

ソ連軍はアメリカによる朝鮮半島分割占領案に8月16日に合意し、翌17日には一般命令第一号として、38度線以北の日本軍はソ連軍(赤軍)に、以南はアメリカ軍に降伏させることが通知された[15]。合意を受けてソ連軍は8月16日以降に朝鮮半島内への本格的侵攻を開始、27日には38度線付近の都市新義州に至った[13]

9月2日日本は降伏文書に署名、正式に降伏。この際に一般命令第一号は日本側に伝達され、大本営は朝鮮半島に駐留していた日本軍に対し、一般命令第一号に従って降伏するよう通告した。

日本統治下の朝鮮半島内では独立運動を志向する諸勢力も存在はしたが、独立志向組織はむしろ国外にあり、その勢力は小さく亡命先での活動が主だった。大きく分けると中華民国上海大韓民国臨時政府中国共産党指導下にあった満州の東北抗日聯軍抗日パルチザン)、アメリカ国内における活動家などが挙げられるが、それらはいずれも朝鮮半島の住民から大きな支持を得るに至らず、その影響力は限定的なものであった。

このような情勢ゆえに日本降伏時、朝鮮全土にわたって独立建国に向かう民意の糾合は全く醸成されておらず、日本統治からの突然の「解放」は、あくまで連合国軍により「与えられた解放」であった[16][17]朝鮮人が自らの力で独立を勝ち取ることができず、独立運動の諸派が解放後、それも数年間にわたり激しく対立し続けたことは南北分断にも少なからず影響し、その後の朝鮮の運命を決定づけた[18]

朝鮮建国準備委員会

朴憲永(左)と呂運亨(右)
米軍の訪問を受ける建国準備委員会の済物浦(仁川)支部

諸勢力の中でも比較的統制のとれていた呂運亨の集団は、日本降伏を見越し8月10日、密かに建国同盟を結成していた。その2日前の8月8日参戦したソ連8月9日豆満江を越え、朝鮮半島に侵攻してきた。一方、朝鮮総督府は半島の突然の機能不全に動揺していた。約70万人もの在留邦人を抱え、有効な対抗勢力がないまま朝鮮全土がソ連に掌握されることを懸念し、呂に接触して行政権の委譲を伝えた。呂は政治犯の釈放と独立運動への不干渉などを条件にこれを受け入れ8月15日、日本降伏の報を受けて直ちに朝鮮建国準備委員会を結成。超党派による建国を目指した。

呂自身は左右合作による朝鮮統一を目指していた。8月16日には一部の政治犯が釈放され建国準備委員会に合流したが、その多くが弾圧された共産主義者であり、同委員会は必然的に左傾化した。9月6日、同委員会は朝鮮人民共和国の成立を宣言。その要人には李承晩金日成朴憲永金九曺晩植らが名を連ねていたが、これは国内外の主だった活動家を本人の許諾なく列挙したに過ぎなかった。

一方、連合国はすでに戦時中の諸会談で、自身の主導による朝鮮半島の信託統治を決定していた(後述)。彼らにとって朝鮮人民共和国は、日本がポツダム宣言に違反し連合国の承認を経ず勝手に建てた政権と映った。また総督府も左傾化を嫌うアメリカの意向を受けて態度を変え、建国準備委員会に解散を命じるなど情勢は混乱し、さらに同委員会内部でも対立や離反が相次ぎ足並みが乱れた。9月8日仁川にアメリカ軍が上陸。呂は面会を求めるが拒絶される。翌9月9日、総督府は降伏文書に署名し、アメリカ軍に総督府の権限を委譲。9月11日アメリカによる軍政が開始され、朝鮮人民共和国は連合国・枢軸国双方から承認を得られぬまま事実上瓦解した。

建国準備委員会はその後も活動を続けたが、軍政庁はこれを非合法とみなした。さらに反共を掲げる右派が湖南財閥と結び、9月16日宋鎮禹をトップとする韓国民主党(韓民党)を立ち上げ、上海から重慶に亡命していた大韓民国臨時政府支持を表明、建国準備委員会を否定した。

建国準備委員会が実際に果たした役割については諸説ある。日本の敗戦で朝鮮統治が終了した後、行政機構として一定の機能を果たしたとする見方もあれば、突然当事者とされたことに呼応してできた組織であり、実際には朝鮮人民の意思を反映していなかった点を強調する見方もある。

朝鮮半島内で各派の足並みが揃っていない状況下、大韓民国臨時政府に弾劾されアメリカで活動していた李承晩や、ソ連の支援の元で国内で活動していた金日成を初めとする満州抗日パルチザン出身者など、様々な考え方を持った亡命者たちも次々に帰国し、独自の政治活動を展開していた。しかしこの過程で、朝鮮半島に発生した各政府はいずれも連合国全体からの承認を得られなかった。

信託統治案

連合国による信託統治に抗議する南朝鮮のデモ

アメリカ政府は第二次世界大戦前に行われたアジアの将来についての検討の中で、日本領となっていた朝鮮半島には信託統治を適用すべきと考えていた。さらに第二次世界大戦中の1942年には、「(日本の統治が終わった場合)朝鮮半島の住人は貧しく、文盲が多いため一世代は強大国の保護と支援が与えられなければならない」という、戦時中のためにきちんとした調査に基づかない報告書が出されており、しかしこれはアメリカの第二次世界大戦後の朝鮮半島政策の根幹となった[19]

アメリカ大統領ルーズヴェルトは、1943年2月のアンソニー・イーデン英外相との対談でこの構想をはじめて明かした[20]。1943年11月22日のカイロ宣言では、朝鮮は自由かつ独立すべきとされていたが、「しかるべき手続きを踏んで」という、信託統治機関に含みをのこす形で発表された[21]。その後のテヘラン会談で「新設する国際連合によって40年間は信託統治すべき」とし、ソ連のスターリンもこれに同意した[22]1945年2月のヤルタ会談では「20〜30年間は信託統治すべき」とし、それに対してスターリンは「(統治の)期間は短ければ短いほど良い」と回答していた[23]。日本の統治が終了した後の長期間の信託統治を提案したルーズヴェルトは1945年4月12日に死去したが、同月にモスクワでは米英ソ中の4カ国による信託統治が原則的に合意されている[23]。しかしその後、朝鮮問題についての詳細な打ち合わせは両国間で行われなかった[24]

1945年9月9日、アメリカ軍が朝鮮半島に入り、先に入っていたソ連軍とともに朝鮮半島の日本軍の武装解除にあたった。先に米ソ両軍の間で締結されていた協定に即し、京城府(ソウル)と仁川を既に占領していたソ連軍は38度線の北へ後退し、半島の南側はアメリカ軍が受け持つことになった[25][26]

後の1945年12月、ソ連の首都モスクワでアメリカ、イギリス、ソ連は外相会議を開いたが(モスクワ三国外相会議)、朝鮮半島問題も議題となった。この席でアメリカは、朝鮮半島における民主主義的な政府の建設を目標として、暫定政府を成立させた後に、米英ソと中華民国の4か国による最長5年間の信託統治を提案した。この提案は合意され(モスクワ協定)、12月27日に公表された[27]。その後アメリカとソ連でその方法を継続して協議することになった。

ところが韓国民主党系新聞の東亜日報が協定について「アメリカはカイロ宣言を根拠に、朝鮮は国民投票によって政府の形態を決めることを主張し、ソ連は南北両地域を一つにした一国信託統治を主張して38度線での分割が継続される限り国民投票は不可能だとしている」と事実と異なる報道をしたため、国内での反信託運動が大きく広まった(東亜日報#捏造記事・疑義が持たれた報道)。12月31日の集会とデモは空前の規模に達した。

信託統治に対してはほとんどの派が完全独立を主張し反対を表明していたが、年が明けると左派は一転して信託統治賛成に回った。右派は信託統治では反対だったが、内部では親日派や資産家が多い韓国民主党と臨時政府派が対立した。金九を主席とする臨時政府派は、即時独立を求めて全国ストライキを訴えるなど過激化していった。軍政庁にとって行政運営上、朝鮮人登用は必要であり、過激な運動を抑える治安問題の解決のため、即時独立に固執せずアメリカの方針を理解する韓国民主党を重用した。さらにアメリカ政府の意向に反して反信託運動を黙認した。ここに李承晩が合流した。

ソ連軍占領区域のみならず、済州島など各地で自発的に生まれた人民委員会が1945年10月までに朝鮮総督府の統治組織を接収することも起こった。朝鮮の統一志向は米ソの思惑を超えて進んでいたと言える。ソ連は1945年11月に朝鮮民主党を起こした曺晩植に接触し、信託統治の容認を求めたが容れられなかったため、代わりに朝鮮共産党の北部分局のトップに過ぎなかった金日成の支援に回った。ソ連の正式な後ろ盾を得た金日成によってその後、国内の他の共産主義者たちは時間をかけて粛清されていく。

アメリカとソ連は、1946年1月16日からの予備会談を経て、独立国家の建設を準備するための米ソ共同委員会を設置したが、李承晩などが反信託運動とともに反共・反ソを激しく主張、ソ連はアメリカに李承晩らの排斥を訴えたが、アメリカは反信託よりも反共を重視して聞き入れずお互いの姿勢を非難して対立、5月6日委員会は決裂、信託統治案は頓挫した。

反米化する国内、米ソ対立

金日成(右)
李承晩(左)

不調に終わった米ソ共同委員会の再開を目指すアメリカ政府は、軍政庁の親米派(李承晩金九など)に偏重した政策[28]を批判、極左、極右を排斥して呂運亨などによる左右合作の親米政権の樹立を画策し始めた。

アメリカは常に朝鮮問題は東西対立の一部としてみなし、対立となる要素を国内からアメリカが主導して排除することに腐心した。一方ソ連は、朝鮮人自身の南北問題とみなし、ソ連と主義を一にする朝鮮人主導者を立てて統一を支援した。

ソ連占領下の北半部では、1946年2月8日金日成を中心とした共産勢力が、ソ連の後援を受けた暫定統治機関としての北朝鮮臨時人民委員会を設立(翌年2月20日北朝鮮人民委員会となる)、8月には重要産業国有法を施行して共産主義国家設立への道を歩み出した。これに対抗して李承晩は、南半部のみで早期の国家設立とソ連の排斥を主張し始めた(6月3日の「井邑発言」)。金九などはこれに反発して離反した。

朝鮮半島を近代化させた日本による統治が終わり、軍や政府、警察だけでなく企業も撤退して行ったことで、経済も治安も混乱した朝鮮半島はインフレが進行し失業者が急増。5月には水害と疫病(コレラ)が発生し1万人規模で死者が出た。8月に入ると食料も不足し、各地で暴動が発生する。軍政庁は韓国民主党と結んで左派ともども武力で暴動鎮圧を図ったため市民が一斉に反発した。9月にはゼネスト発生。10月には大邱10月事件が発生、全国で230万人が参加する騒乱となった。軍政庁は戒厳令を敷き鎮圧したが、このことがアメリカ軍政への支持を決定的に失わせた。軍政庁は一連の騒動の責任を左派、特に朝鮮共産党から11月に結成した南朝鮮労働党に求め、朴憲永などは弾圧を避けて越北した。

1947年3月12日トルーマン大統領は、イギリスがギリシャ内戦への関与から撤退した後にアメリカが引き継ぎ、これを機に世界的な反共活動を支援すると宣言(トルーマン・ドクトリン)。それ以降、南朝鮮では共産勢力の徹底した排除が行われた。そこへ反共活動のため渡米していた李承晩が戻り、反共とともに南朝鮮政権樹立運動を活発化させる。1947年6月には軍政と対立したまま李承晩を中心とした南朝鮮過渡政府が設立。7月には左右合作を目指していた呂運亨が暗殺され左右が決裂。それを機に北半部と南半部は別々の道を歩み始めることとなった。

金日成は1948年3月に、南半部(北緯38度線以南)への送電を停止(1910年から1945年の間、朝鮮半島を統治していた日本は山の多い半島北半部を中心に水豊ダムなどの水力発電所を建設し、そのため南半部は電力を北半部に依存していた)。一方、李承晩は韓国内で朝鮮労働党を参加させない選挙を実施し、正式国家を樹立させることを決断した。1948年、済州島では南朝鮮労働党を中心として南北統一された自主独立国家樹立を訴えるデモに警察が発砲し、その後ゲリラ化して対抗。その鎮圧の過程で政府の方針に反抗した軍部隊の叛乱が発生(麗水・順天事件)。さらに潜伏したゲリラを島民ごと粛清、虐殺する事件も発生した(済州島四・三事件)。

分断の固定化と対立

南北の分離独立

ソウルで行われた大韓民国の国家成立記念式典

1948年8月15日ソウル李承晩大韓民国の成立を宣言。金日成はこれに対抗し9月9日にソ連の後援を得て朝鮮民主主義人民共和国を成立させた。この結果、北緯38度線は占領国が引いた占領境界線ではなく、事実上当事国間の「国境」となった。建国後、南北両政府の李承晩大統領は「北進統一」を、金日成首相は「国土完整」を主張し、共に政治体制の異なる相手国を屈服させることによる朝鮮半島統一を訴えた[29]

その後、金日成は李承晩を倒し統一政府樹立のため、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンに南半部への武力侵攻の許可を求めたが、アメリカとの直接戦争を望まないスターリンは許可せず、12月にソ連軍は朝鮮半島から軍事顧問団を残し撤退した。1949年6月には、アメリカ軍も軍政を解き、司令部は軍事顧問団を残し撤収した。それを受けて北朝鮮は「祖国統一民主主義戦線」を結成した。その後大韓民国では8月12日ジュネーヴ条約に調印し[30]麗水・順天事件を受けて南朝鮮労働党をはじめとする国内の左翼、反李承晩勢力除去の為に11月国家保安法が成立するなど、国家としての基盤作りが進んでいた。1949年12月24日に韓国軍は聞慶虐殺事件を引き起こし共産匪賊の仕業とした[31]

同じ頃、地続きの中国大陸ではソ連の支援を受けていた毛沢東主席率いる中国共産党国共内戦に勝利し、1949年10月1日中華人民共和国が建国された。一方、アメリカからの支援が途絶え敗北した中国国民党蒋介石総統率いる中華民国台湾に脱出した(台湾国民政府)。親中派のフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領率いるアメリカは、蒋介石率いる国民党政府を第二次大戦中に熱心に支援していたが、1945年にルーズヴェルトが死去するとともに大統領になったハリー・S・トルーマンは米国が仲介した双十協定ジョージ・マーシャルによる共産党との調停を国民党は破ったと看做して支援を打ち切り、1950年1月5日には中国人民解放軍が国民党を追撃しても台湾に介入しないとする声明[32]まで発表して台湾に逃げた国民党を見放した。政府内の中国共産党共感者(チャイナ・ハンズ)やスパイの影響も受けていた。

アメリカの誤算

韓国に到着したダグラス・マッカーサーを迎える李承晩大統領

1950年1月12日、アメリカ政府のディーン・アチソン国務長官が、「アメリカが責任を持つ防衛ラインは、フィリピン - 沖縄 - 日本 - アリューシャン列島までである。それ以外の地域は責任を持たない」と発言(「アチソンライン」)し、台湾インドシナなどとともに朝鮮半島には言及がなかった(これは、アメリカの国防政策において「西太平洋の制海権だけは絶対に渡さない」という意味であったが、台湾や朝鮮半島は地政学上大陸と大洋の境界に位置していることや、長く日本の統治下にあったこともあって、判断が難しい地域でもある)。またアチソンは、広く知られる上記の発言のあとを「アメリカの安全保障に関するかぎり」(ここでアチソンが台湾韓国を明らかに考えていた)「これらの地域への軍事的攻撃について何らかの保障ができる者はいない。そのような攻撃が行われた際には(略)最初は攻撃された人々に頼るしかないのだ。」とつづけ、彼らが断固として戦うならば国連憲章に基づき国連の裁定に訴えることができるだろうと、最後をあいまいに結んだ。[33]

また、極東地域のアメリカ軍を統括していた連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーは占領下の日本統治に専念し、1945年8月に着任して以降、朝鮮半島に足を運んだのは1回のみだった[34]

中国大陸が共産化しても台湾不介入声明[32]まで出したトルーマン政権の対中政策を観察していた金日成は朝鮮半島にもこれを当てはめて「アメリカによる西側陣営の南半部(韓国)放棄」を推察した。

スターリンによる侵攻容認

これらの状況の変化を受け、同年3月にソ連を訪問して改めて開戦許可を求めた金日成と朴憲永に対し、金日成の働きかけ(電報の内容を故意に曲解し「毛沢東が南進に積極的である」とスターリンに示したり、また逆に「スターリンが積極的である」と毛沢東に示したりした)もあり、スターリンは毛沢東の許可を得ることを条件に南半部への侵攻を容認し、同時にソ連軍の軍事顧問団が南侵計画である「先制打撃計画」を立案した。また12月にはモスクワで、T34戦車数百輛をはじめ大量のソ連製火器の供与、ソ連軍に所属する朝鮮系軍人の朝鮮人民軍移籍などの協定が結ばれた。

これを受けて、同年5月に中華人民共和国を訪問した金日成は、「北朝鮮による南半部への侵攻を中華人民共和国が援助する」という約束を取り付けた。

南北の軍事バランス

朝鮮戦争開戦当初の朝鮮人民軍

開戦直前の南北の軍事バランスは、北が有利であった。韓国軍は歩兵師団8個を基幹として総兵力10万6000を有していたが、部内に多数潜入していたスパイの粛清、また独立以来頻発していた北朝鮮によるゲリラ攻撃の討伐に労力を割かれ、訓練は不足気味であった。また、米韓軍事協定によって重装備が全くなく、戦車なし、砲91門、迫撃砲960門、航空機22機(それも練習機)のみであった。

これに対して、朝鮮人民軍は完全編成の歩兵師団8個、未充足の歩兵師団2個、戦車旅団1個および独立戦車連隊1個の正規部隊と警備旅団5個を含み総兵力19万8000、さらにソ連製新鋭戦車T34/85戦車240輌、砲552門、迫撃砲1728門、イリューシンIl-10アントノフAn-2など航空機211機を有していた。また、上のソ連や中国との協定に基づき、1949年夏より独ソ戦でスターリングラードの戦いなどに参加した高麗人ソ連軍兵士五千名が帰国、また中国からは、朝鮮族で構成された国共内戦の経験を持つ東北人民解放軍の3個師団と2個連隊が朝鮮人民軍に部隊ごと移籍され、3万を超える実戦を経験した兵士が増強された。

また、戦闘単位当たりの火力にも差があり、韓国軍師団と北朝鮮軍師団が1分間に投射できる弾量比については、1:10で北朝鮮軍師団の圧倒的優位であった上に、双方の主力砲の射程に関しても、北朝鮮砲兵の11,710メートル(ソ連製122mm榴弾砲M1938)に対して韓国軍砲兵は6,525メートル(アメリカ製105mm榴弾砲M3)と劣っていた。

参戦国一覧

国連軍

その他インドなど
開戦当時に国連軍の占領下にあった日本は参戦国に算入されていないが、#日本の参加と日本特別掃海隊の節に記している通り、国連軍の要請(事実上の命令)により特別掃海隊などを派遣、死者も出している。

在日義勇兵

在日韓国人の団体である在日本大韓民国民団は在日韓国人の10人に1人にあたる6万人の志願者を予定した志願兵の募集を行ったが在日韓国人647名、日本人150名の志願者にとどまったため[36]、志願に応じた在日韓国人641名を選抜して韓国に送り込んだ(在日学徒義勇軍)(135名戦死、行方不明。242名韓国に残留)[37]

アメリカ海軍予備船隊

アメリカ合衆国はこの戦争遂行に際し、国防予備船隊から第二次大戦時に大量建造して保管されていた輸送船舶の内、540隻を軍隊輸送支援のため動員した。また戦争期間中は世界的に海上輸送力に不足を来たした時期にも重なっており、1951年から1953年までは国防予備船隊より600隻以上が北欧への石炭輸送とインドへの穀物輸送(民需輸送)に使用されている[38]

北朝鮮・ソ連・中国連合軍




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