朝鮮半島 概要

朝鮮半島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 14:01 UTC 版)

概要

陸地の幅が最も狭くなるのは平壌のやや北の平安南道 - 咸鏡南道だが、とくに人文地理学で「朝鮮半島」と言った場合は半島最狭部より北の、豆満江鴨緑江などによって隔てられる伝統的な中朝国境より南を指すのが普通であり、大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を擁する。済州島を含めた朝鮮地域全体を指して用いられることも多い。このように、自然地形の名称というよりは政治的・文化的・歴史的な文脈において、朝鮮の同義語として使われることが少なくない。

呼称

古くから朝鮮半島地域をあらわす名称として「韓国」(三韓など)と「朝鮮」(箕子朝鮮など)という呼び名が存在しており、朝鮮半島と呼ぶか、韓半島と呼ぶかという呼称の問題がある。宮脇淳子は、「どちらでもいいのです」として、「朝鮮と韓という国号も問題です。どちらも古くからありますが、今の北朝鮮と韓国がそれらを継承しているかというと、途中で別の種族の別の王朝ができたりして、継承したのは名前だけなのです。そもそも朝鮮語と呼ぶか韓国語と呼ぶかで、戦後の日本では両陣営が一歩も譲らず、今日に至っています。だから、NHKの語学講座は「ハングル講座」になったのです」と述べている[2]

歴史


朝鮮の歴史
考古学 櫛目文土器時代 8000 BC-1500 BC
無文土器時代 1500 BC-300 BC
伝説 檀君朝鮮
史前 箕子朝鮮
辰国 衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 漢四郡
馬韓 帯方郡 楽浪郡

三国 伽耶
42-
562
百済
前18-660
高句麗
前37-668
新羅
前57-
南北国 熊津安東都護府
統一新羅
鶏林州都督府
676-892
安東
都護府
668-756
渤海
698
-926
後三国 新羅
-935

百済

892
-936
後高句麗
901
-918
女真
統一
王朝
高麗 918-
遼陽行省
東寧双城耽羅
元朝
高麗 1356-1392
李氏朝鮮 1392-1897
大韓帝国 1897-1910
近代 日本統治時代の朝鮮 1910-1945
現代 連合軍軍政期 1945-1948
アメリカ占領区 ソビエト占領区
北朝鮮人民委員会
大韓民国
1948-
朝鮮民主主義
人民共和国

1948-
Portal:朝鮮

三品彰英は、朝鮮半島という地理故に、朝鮮史黎明期から外国勢力の支配下で成り立っていただけではなく、朝鮮史の全過程を通じて外国勢力の支配に貫かれ、朝鮮史の対外関係だけでなく、朝鮮国内の政治文化の諸情況も外国勢力が支配するようになり、朝鮮史全体が外国勢力への依存的・事大的なものとなり、ひいては朝鮮人の民族性までが事大的・依他的・依頼的な性格になったと指摘している[3]三品彰英は、自著『朝鮮史概説』(弘文堂書房、1940年)の序説で、「朝鮮史の他律性」という題を付け、朝鮮史の性格を付随性周辺性・多隣性として、朝鮮史を規定する最大の要因は、朝鮮半島という地理にあり、アジア大陸に付随する半島は、政治的・文化的にも大陸で起きた変動の影響を受け、周辺に位置することにより本流から離れてしまう半島の付随性を主張し[4]、「このように周辺的であると同時に多隣的であった朝鮮半島の歴史においてこの2つの反対作用が、時には同時に時には単独で働き、複雑極まりない様相をもたらした。東洋史の本流から離れているのに、いつも1つ或いはそれ以上の諸勢力の影響が輻輳的に及んだり、時には2つ以上の勢力の争いに苦しめられたり、時には1つの圧倒的な勢力に支配されたりした」として朝鮮史の多隣性を指摘し[4]、朝鮮では政治文化で弁証法的な歴史発展の足跡が甚だしく欠乏してしまい半島的性格を持つ朝鮮は、古くから中国の典礼主義的主知主義的な支配を受け、理想的な蕃夷として褒めたたえられ、次は満州モンゴル征服主義的主意主義的な侵略を受けたが、それは「政治と分化を伴わない力だけの征服」であり、この半島的性格は事大主義という朝鮮史の性格の形成につながり、「絶対的存在とされた国の勢力に従い、その権威の下で藩属になり、依存主義によって国の維持を図ったこと」を規定し[4]、朝鮮史における事大主義は、親明派従清派親日派親露派などを生み、政治文化では宗主国を模倣する他律的な歴史を展開するしかなく、事大主義的・他律主義的な歴史を展開してきた朝鮮が、日本に抱かれることで、他律主義的な朝鮮史を克服できるとする[3]

最後に日本だ。…要するに、我々の古代朝鮮経営においても、また最近世のそれにおいても見られるように、それは征服主義でもなく、利己主義からのものでもない。昔は百済や任那を保護し、それによって彼らに国を樹立させた。それは真に平和的かつ愛護的な支配だと言うべきである。蒙古のように意志的で征服的なものでもなく、支那のように主知的で形式的なものでもなかった。…日本のそれは主情主義的で愛好主義的で、彼我の区別を越えたより良い共同世界の建設を念願したものであった。…優れた歴史世界を建てた日本が、この同胞として彼らを抱え込んだのは、彼らをその古里に呼び戻すことである。ここに初めて本来の朝鮮としての再出発がある。…今、その歴史を見ると、朝鮮は支那の智に学び、北方の意に服し、最後に日本の情に抱かれ、ここに初めて半島史的なものから脱する時期を得たのである。 — 三品彰英、朝鮮史概説、p6-p7

黄文雄は、朝鮮半島という特殊性を「中華三千年の歴史のなかで、周囲の東胡匈奴鮮卑五胡突厥回鶻契丹女真蒙古満洲といった北方民族などは、中華世界覇権ゲームに参戦し、一度は中華世界に脅威を与え、また民族によっては首都を占領し、あるいは全中華世界を征服さえしている。しかし同じ北方民族でも朝鮮人だけは、せいぜい貢女宦官あるいは朝鮮人参を献上した程度で、いわば忘れられた地であった。そのため、大きな変革も戦闘もない代わりに発展もせず、東洋最後の秘境として世界史への参加が遅くなったのだ。朝鮮はチベットのような高原内陸国家ではない。海と陸を併せ持つ交通の至便な半島でありながらも、千年属国になったがために千年鎖国の道を歩んだ[5]」「大航海時代以前の世界史の時代であり、陸を中心に世界帝国が興亡していた。ことに中華帝国は典型的な大陸国家で、半島国家の存在には関心がなかった。漢の武帝以外、ほとんど朝鮮討伐を行っていないのはその証拠だ。もっとも世界の半島国家のすべてが忘れられた存在だったわけではない。ローマ帝国イタリア半島の国家であったし、イベリア半島からもスペインポルトガルなど、大航海時代を切り開いた国家が誕生している。そのなかで朝鮮半島だけが古代から北方諸民族、列強の属国として外来諸勢力の支配下に置かれてきたのだ[5]」「自ら小中華として大中華事大していた。朝鮮人にとって、事大は有史以来の民族共存の知恵である。地政学的に言えば、中華京師に直進する至近距離でありながら、千年属国に甘んじていたということだろう[6]」と評している。

地理

朝鮮半島はユーラシア大陸の東端に位置し、南北に長く、約1000キロメートルにおよび、古くは「三千里」と数えられ、それが国土領域を表現する愛称となった[7]

ユーラシア大陸から日本列島九州に向かうような形をしている。東側を日本海、西側を黄海、南側の日本とは対馬海峡西水道(朝鮮海峡)にて隔てられている[7]。北端は一般的には北朝鮮中国の境界、すなわち鴨緑江豆満江及び白頭山山頂とされる。

韓国の面積は日本の約26%[注釈 1]、北朝鮮の面積は日本の約32%[注釈 2]、朝鮮半島全体の面積は、日本の約58%[注釈 3]、日本の本州の96%[注釈 4]イギリスグレートブリテン島とほぼ同じ面積である[注釈 5]

人口はおよそ7,600万人。人口密度の高さは世界有数であり、日本を超える。

朝鮮半島は中国大陸と同じく中国地塊に属する安定大陸(安定陸塊)で、先カンブリア時代には原型が出来上がっていたと考えられる。非常に古く安定した大地のため、日本列島に比べて地震が非常に少なく、また済州島を除いて火山も稀である。西側南部と対馬海峡側の海岸線はリアス式海岸になっている。

黄海に面した西側は平野が多く農地に適しており、古くから穀倉地帯として重要である。一方、日本海に面した東側は太白山脈をはじめ多くの山地がそびえており、平地は非常に少ない。半島は西朝鮮湾東朝鮮湾に挟まれた北緯39度線よりやや北方で最も狭まっており、最狭部より北方は黄海沿岸部を除いて海抜1000メートルを越える狼林山脈等の山地や蓋馬高原が卓越しており、農業には不向きである(特に白頭山付近は2000メートルを上回る)。

朝鮮半島の気候は、南部においては温暖で湿潤な温帯は蒸し暑く、一方で冬は緯度の割りに寒冷である。北部は亜寒帯から寒帯であり、また山地も多いため夏も冷涼で冬の寒さは非常に厳しい。地球上における同緯度の他地域と比較しても、高地を除いて世界で最も亜寒帯が南下している地域である。西部は対馬海流の支流が黄海に流れ込むので比較的暖かいが、東部は対馬海流が日本海北部で冷やされて南下しており(リマン海流)、寒さに拍車を掛ける。朝鮮半島の中で最寒の地とされるのは、鴨緑江上流の中江鎮である。現在は北朝鮮の実効支配地域であるが、韓国の新聞天気予報にも当地の最低気温の予想が掲載される。

朝鮮戦争によって生じた軍事境界線を中心とした幅4キロメートル非武装地帯地雷原のため、民間人は立ち入ることができない。そのため、渡り鳥などが集まる世界有数の野生生物の生息地となっている。


注釈

  1. ^ 面積:韓国9万8480平方キロメートル、日本37万8000平方キロメートル
  2. ^ 面積:北朝鮮12万540平方キロメートル、日本37万8000平方キロメートル
  3. ^ 面積:朝鮮半島21万9020平方キロメートル、日本37万8000平方キロメートル
  4. ^ 面積:朝鮮半島21万9020平方キロメートル、本州22万7900平方キロメートル
  5. ^ 面積:グレートブリテン島21万6800平方キロメートルの101%の面積が、朝鮮半島21万9020平方キロメートルの面積である。

出典

  1. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典『朝鮮半島』 - コトバンク
  2. ^ 宮脇淳子『朝鮮半島をめぐる歴史歪曲の舞台裏 韓流時代劇と朝鮮史の真実』扶桑社扶桑社新書〉、2020年4月30日、4頁。ISBN 978-4594084523
  3. ^ a b 李 2005, p. 249
  4. ^ a b c 李 2005, p. 248
  5. ^ a b 黄文雄『日本の植民地の真実』扶桑社、2003年10月31日、138-139頁。ISBN 978-4594042158
  6. ^ 黄文雄もしもの近現代史扶桑社、2013年8月31日、73頁。ISBN 978-4594068738
  7. ^ a b 武田(2000)pp.3-125
  8. ^ a b c d e “초등교과서, 고려때 ‘23만 귀화’ 언급도 안해”. 京郷新聞. (2007年8月21日). オリジナルの2021年7月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210730074749/https://m.khan.co.kr/national/national-general/article/200708211830391 
  9. ^ “권두논단 국민의식 선진화가 시급하다”. 時代精神. (2015年9月). オリジナルの2017年8月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170821215548/http://www.sdjs.co.kr/read.php?quarterId=SD201505&num=838 
  10. ^ 金相勲 (2012年). “韓国人の起源に関する中高生の意識と『国史』教科書との関係” (PDF). 山形大学歴史・地理・人類学論集 (山形大学歴史・地理・人類学研究会): p. 52-53. オリジナルの2017年8月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170822014948/http://www2.lib.yamagata-u.ac.jp/elib/serials/hgca/013/hgca-13-00270054.pdf 
  11. ^ 이선복『화석인골 연구와 한민족의 기원』일조각〈韓國史市民講座 Vol.32〉、2003年、64-65頁。
  12. ^ 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会). オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160327222247/http://www.sciea.org/wp-content/uploads/2014/05/03_JIN.pdf 
  13. ^ 韓洪九『韓洪九の韓国現代史 韓国とはどういう国か』平凡社、2003年12月17日、68-69頁。ISBN 978-4582454291
  14. ^ 浜田耕策 (2005年6月). “4世紀の日韓関係” (PDF). 日韓歴史共同研究報告書(第1期) (日韓歴史共同研究): p. 44-45. オリジナルの2015年10月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20151018092951/http://www.jkcf.or.jp/history_arch/first/1/1-01-hamada_j.pdf 






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