廃藩置県 続く改革

廃藩置県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/13 09:37 UTC 版)

続く改革

廃藩置県は平安時代後期以来続いてきた特定の領主がその領地所領を支配するという土地支配のあり方を根本的に否定・変革するものであり、「明治維新における最大の改革」であったと言えるものであった。

だが、大隈が建議した「全国一致之政体」の確立までにはまだ多くの法制整備が必要であった。その事業は、岩倉使節団の外遊中に明治政府を率いた留守政府に託された。留守政府の元で徴兵令(海陸警備ノ制)・学制(教令率育ノ道)・司法改革(審理刑罰ノ法)・地租改正(理財会計ノ方)といった新しい制度が行われていくことになった。

廃藩置県が急速に行われた最も重大な理由は軍制の統一および財政の健全化であった。このうち軍制については、藩軍事組織を解体し、徴兵令によって軍を再編成することによって統一が図られた。財政面では、廃藩置県直後の新政府の歳出のうち、37%が華士族への秩禄であった[18]。その大部分を占める士族に関しては徴兵令によって家禄の根拠を失わせ、さらに秩禄処分によって華士族の秩禄を完全に廃止することで財政の改善が図られた。

士族の大部分が近代統一国家の建設を支持していたこと、旧藩主階級を身分的かつ経済的に厚遇し東京に移住させて藩士たちと切り離したことで、改革への抵抗は抑えられた。版籍奉還の直後に旧藩主である知藩事の家禄は旧藩全体収入の10分の1とされ、かつ華族とされていた。また、版籍奉還により、旧藩主が藩知事の任命権を自発的に天皇に奉還していたことも、論理的に藩主の抵抗を難しくしていた[19]

旧藩債務の問題

廃藩置県により、旧藩の債務および家禄は全て新政府の責任となった。

既に江戸時代中期頃から各藩ともに深刻な財政難を抱えており、大坂などの有力商人からいわゆる「大名貸」を受けたり領民から御用金を徴収するなどして辛うじて凌いでいた。各藩とも藩政改革を推進してその打開を図ったが、黒船来航以来の政治的緊張と戊辰戦争への出兵によって多額の財政出費を余儀なくされて、廃藩置県を前に自ら領土の返上を申し出て実際に解体される藩が狭山藩大溝藩鞠山藩吉井藩盛岡藩長岡藩福本藩高須藩など続出する状況であった[20]。また、幕末維新期には多くの藩で貨幣贋造が行われ、外交問題に発展していた[21]

これに加えて、各藩が出していた藩札の回収・処理を行って全国一律の貨幣制度を実現する必要性もあった[22]

藩札の合計は3909万円、(藩札を除く)藩債の合計は当時の歳入の倍に相当する7413万円(=両)にも達していた[23]

新政府は藩債を3種類に分割した。すなわち、

  1. 明治元年(1868年)以後の債務については公債を交付しその元金を3年間据え置いた上で年4%の利息を付けて25年賦にて新政府が責任をもって返済する(新公債
  2. 弘化年間(1844年1847年)以後の債務は無利息公債を交付して50年賦で返済する(旧公債
  3. そして天保年間以前の債務については江戸幕府が天保14年(1843年)に棄捐令(無利子年賦返済令)を発令したことを口実に一切これを継承せずに無効とする(事実上の徳政令

というものであった。

藩札は、廃藩時の時価によって政府の紙幣と交換された。藩債のうち外交問題になりえる外債は、全て現金で償還された。藩以外の旗本御家人などの債務は償還対象外とされた。朝敵となった江戸幕府による債務は発生時期を問わずに、外国債分を除いて全て無効とされた。また、維新後に新立あるいは再立が認められた朝敵藩の負債は新立・再立以後の負債のみが引き継がれ、それ以前のものは無効とされた[24]

その結果、届出額の半額以上が無効を宣言されて総額で3486万円(うち、新公債1282万円、旧公債1122万円、少額債務などを理由に現金支払等で処理されたものが1082万円)が新政府の名によって返済されることになった(藩債処分)。新公債は、西南戦争の年を除けば毎年償還され、1896年までに予定通り全額が償還された。旧公債も、予定通り1921年に償還を完了した[25]

藩債の大半は天保以前からの大名貸しが繰り延べられて来たものであり、尽く無効とされた。例えば有名な薩摩藩の調所広郷による「無利子250年分割払い」は35年間の支払いを以って無効とされた。

一般に江戸時代の金利は高く、例えば薩摩藩の250年分割以前の平均金利は16%に達していた。貸し手の商人達から見れば大名貸は元金返済の見込みは薄い一種の不良債権であったが、名目上は資産として認められ、金利収入は大きく、社会的な地位ともなりえたが、この処分によってその全てが貸し倒れ状態になり商人の中にはそのまま破産に追い込まれる者も続出した。幕臣相手の債権を所有していた札差は瓦解した。

大名貸し商人の多かった大阪(大坂から改称)は経済的に大打撃を受けて、日本経済の中心的地位から転落する要因となった。ただし、大阪商人の苦境には、幕末以来のの価値低下により、銀本位制に傾いていた大阪における銀資産の価値低下も影響している。

一方で、旧藩主やその家臣は全ての債務を免責された上、中には廃藩直前に藩札を増刷し債務として届け出て私腹を肥やした者もいたと言われている。

廃藩置県当初に設置された県

明治4年7月14日(1871年8月29日)に廃藩置県が実施された当初、府県名は都市名(府県庁所在地)を付けたものであるが特に旧幕府・旗本領や旧中小藩を引き継いだ県では府県庁所在地周辺よりも多くの飛地を遠隔地に持つ所が少なくない。以下の地方区分は、府県庁所在地によるものである。太字は廃藩置県以前から存在した府県。

北海道地方

東北地方

関東地方

中部地方

近畿地方

中国地方

四国地方

九州地方


  1. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p47
  2. ^ a b 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p152
  3. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p65
  4. ^ 勝田政治、「廃藩置県」、講談社選書メチエ、p86
  5. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p143
  6. ^ 勝田政治、「廃藩置県」、講談社選書メチエ、p133
  7. ^ 【知事対談】明治を支えた歴史を語る。-紀州人のDNA-”. 和(nagomi). 和歌山県知事室広報課. 2019年3月29日閲覧。
  8. ^ 紀の国の先人たち 政治家 津田 出”. 和歌山県ふるさとアーカイブ. 和歌山文化情報アーカイブ事業. 2019年3月29日閲覧。
  9. ^ 木村時夫、「明治初年における和歌山藩の兵制改革について」『早稻田人文自然科學研究』 1969年 4巻 p.1-60, hdl:2065/10122, 早稲田大学社会科学部学会
  10. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p150
  11. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p151
  12. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p153
  13. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p155
  14. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p154
  15. ^ 勝田政治、「廃藩置県」、講談社選書メチエ、p157
  16. ^ 中村定吉 編、「廢藩置縣ノ詔」『明治詔勅輯』、p18、1893年、中村定吉。[1]
  17. ^ 勝田政治 『廃藩置県 近代国家誕生の舞台裏角川ソフィア文庫 [I-123-1] ISBN 978-4044092153、10-11p
  18. ^ 落合弘樹、「秩禄処分」、中公新書、p74
  19. ^ 勝田政治、「廃藩置県」、講談社選書メチエ、p165
  20. ^ 松尾正人、「廃藩置県」、中公新書、p82
  21. ^ 落合弘樹、「秩禄処分」、中公新書、p55
  22. ^ 藩札も最終的には発行元の藩がその支払いを保証したものであるから、その藩の債務扱いとなる。
  23. ^ 富田俊基、「国債の歴史」、東洋経済新報社、p211
  24. ^ 落合弘樹、「秩禄処分」、中公新書、p71
  25. ^ 富田俊基、「国債の歴史」、東洋経済新報社、p212
  26. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第559
  27. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第565
  28. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第566
  29. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第594
  30. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第595
  31. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第600
  32. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第601
  33. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第602
  34. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第608
  35. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第609
  36. ^ 「法令全書」通番 明治4年太政官布告 第614
  37. ^ 後の北相馬郡西葛飾郡
  38. ^ a b 後の東松浦郡西松浦郡
  39. ^ 後の中葛飾郡
  40. ^ 一部(南諸県郡)が鹿児島県に残る





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