山部善次郎 山部善次郎の概要

山部善次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/09 20:24 UTC 版)

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山部 善次郎
出生名 山部 洋之[1]
別名 山善 (YAMAZEN)
生誕 (1954-09-25) 1954年9月25日(66歳)
出身地 日本福岡県福岡市博多区千代町
学歴 九州産業大学商学部経済学科卒業
ジャンル ロック
職業 ギタリスト
作曲家
画家
担当楽器 ギター
活動期間 1968年 -
レーベル レーベルヤバン
共同作業者 アーバンブルースバンド(1968年結成)
農協リバイバル(1971年結成)
田舎者(1972年結成)
博多テディボーイズ(1974年結成)
スマイル(1975年結成)
ザ・ドリル(1976年結成)
山善&博多パラダイス(1979年[2]結成)
公式サイト YAMAZEN OFFICIAL WEB SITE

経歴

福岡市博多区千代町に生まれ育つ。生家は紙の卸問屋「有限会社紙ヤマベ(株式会社山部紙店)」。福岡教育大学附属福岡小学校[2]時代から洋楽を聴いていた[5]福岡市立警固中学校3年の時、卒業キャンプで好きな子にローリングストーンズの『テル・ミー』を歌おうと練習を始めたことから音楽の道に入る[6]

1970年[7]、高圧電線で6600ボルトに感電する事故に遭い、左目と鼻を失う[6][8]1972年博多商業高等学校[2]在学中、ビートルズやモンキーズの影響でバンドを結成[5]。博多の伝説的なライブハウス「照和」のオーディションを受け、バンド「田舎者」のメンバーとして「照和」のステージに立つ[9]。その後、九州産業大学商学部経済学科に進学[2]。21歳の頃、山部善次郎と名乗り始める[2]

バンド「ザ・ドリル」で活動し、1978年には当時のバンド「山善&博多パラダイス」に[10]徳間ジャパンからアルバムリリースの話があり、メジャーデビューする寸前まで行ったが、録音の出来映えに満足しなかったためにこの話を断り、23歳の時に「ザ・ドリル」を解散[11]。24歳で自らの音楽的才能に見切りをつけ、家業の紙問屋を手伝うために愛媛県松山市へ移住[12]。製紙会社「オリエンタル製紙」で1年間修業した後[13]、博多に帰って家業を継ぎ、紙の配達の仕事を4年間続けたが、29歳のとき仕事で車を運転中にFMラジオからアクシデンツの『雨のメインストリート』がかかってきたのを聴いたのがきっかけで音楽の道に戻る決意を固め、30歳でファーストシングル『キャデラック』を完成[14]。34歳の時、メジャーレーベルからの初アルバム『山善フォークジャンボリー』をコロムビアレコードからリリース。

音楽活動の傍ら、39歳の時から油絵を描き始め、福岡県立美術館で個展を開催し、福岡県展や朝日新聞賞への入賞歴がある[15]。山部の半生は、2003年に『JNN九州・沖縄ドキュメント ムーブ』で取り上げられたこともある[16]。博多在住。

ディスコグラフィ


  1. ^ 「三叉路の交差点」2014年09月13日 14:30
  2. ^ a b c d e ふくおか音楽村〜history&live〜 ☆第4回ひとSTORY 山部善次郎さん(前編)
  3. ^ インパクション』47号(インパクト出版会、1987年5月25日)p.127、本田ふぢを「山部善次郎」
  4. ^ LinQ発の派生ユニット“SRAM” 初の全国流通版となる3rdシングルを6月9日に発売!
  5. ^ a b 博多ロック編<197>那珂川を渡って - 西日本新聞
  6. ^ a b MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190(書肆侃侃房、2006年)
  7. ^ オフィシャルサイトの「山善伝説覚書」では事故に遭ったのを1968年としているが、MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190(書肆侃侃房、2006年)には1970年とある。また、公式サイトでは1969年と回想したこともある([1])。
  8. ^ この事故の話は中島らもが「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」の中で山善の名前を出さぬまま紹介している。
  9. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.190-191(書肆侃侃房、2006年)
  10. ^ 博多ロック編<198>サンハウスと山善 - 西日本新聞
  11. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.195(書肆侃侃房、2006年)
  12. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.196(書肆侃侃房、2006年)
  13. ^ 博多ロック編<199>ブルースと絵画 - 西日本新聞
  14. ^ MARU『博多とロック 12人のミュージシャンに見るロックな生き方』p.199(書肆侃侃房、2006年)
  15. ^ 『SIDE:FREAK サイド・フリーク』vol.1「ヤマゼン・インタビュー…左目と鼻がないロックンローラー・山部善次郎の半生に迫る」(三才ブックス、2004年)
  16. ^ 「6600ボルトの男」 Archived 2007年12月19日, at the Wayback Machine.
  17. ^ 博多ロック編<233>総合芸術への道 2015年02月16日(最終更新 2015年02月16日 15時30分)
  18. ^ シネマトゥデイ


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