古代ギリシア医学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/09 05:25 UTC 版)
アリストテレスの影響
古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、古代においてもっとも影響力のある生物界の研究者であった。アリストテレスの生物学的著作は、経験主義、生物学的因果関係、ならびに生命の多様性に大きな関心を示している[19]。しかしながらアリストテレスは、物事は人工的に制御された環境ではなくそれ自身の固有の環境において真の本性を発揮すると考えていたので、実験を行うことはなかった。現代の物理学や化学ではこの仮定は役に立たないことが判明しているが、動物学や行動生物学では依然として主流の慣行であり、アリストテレスの研究は「じつに興味深いものでありつづけている」[20]。彼は自然について数えきれないほどの観察を行い、とくに身のまわりの動植物の習性や属性を観察し、それらを分類することに相当の注意を払った。アリストテレスは全部で540種の動物を分類し、少なくとも50種を解剖した。
アリストテレスは、すべての自然現象は形相因によって導かれると考えていた[21]。このような目的論的な考えかたは、アリストテレスに、観察データを形相の設計の表現として正当化する根拠を与えた;たとえば自然はどの動物にも角と牙の両方を与えず、無駄を避け必要な程度にだけ一般に能力を与えているということを示唆している。同様のしかたでアリストテレスは、生物は植物から人間に至る順に完成度の高まる段階的階梯——自然の階梯 (ラテン語: scala naturae) ないし存在の大いなる連鎖 (Great Chain of Being)——に並べられていると考えていた[22]。
アリストテレスは、生物の完成度はその形態に反映されるが、その形態によって前もって宿命づけられているものではないと考えた。彼の生物学のいまひとつの側面は、霊魂を3つの群に分けたことである。生殖と成長を担う植物的霊魂、移動と感覚を担う感覚的霊魂、そして思考と内省を可能とする理性的霊魂である。彼は植物には最初の1つだけを、動物には前2者を、そして人間には3つすべてを帰属させた[23]。アリストテレスは、それ以前の哲学者たちとは対照的に、またエジプト人と同様に、理性的霊魂を脳ではなく心臓に位置づけた[24]。注目すべきはアリストテレスが感覚と思考を分けたことで、これはアルクマイオンを除くそれまでの哲学者たちにおおむね反対していた[25]。
アリストテレスのリュケイオンにおける後継者であるテオプラストスは、植物学に関する一連の書物『植物誌』を著した。これは植物学への古代のもっとも重要な貢献であり、中世に至ってもなおそうでありつづけた。果実を表す carpos、果皮を指す percarpium など、テオプラストスの用語の多くが現代にも残っている。テオプラストスはアリストテレスのように形相因を重視するのではなく、自然のプロセスと人為的なプロセスのあいだの類比を引きだし、かつアリストテレスの作用因の概念に依拠しつつ、機械論的な図式を提案した。またテオプラストスは、一部の高等植物の生殖に性の役割を認めていたが、この最後の発見は後世には失われた[26]。アリストテレスとテオプラストスの生物学的・目的論的観念は、経験的観察よりも一連の公理に対する強調とともに、その帰結として彼らが西洋医学に与えた影響と容易に切り離すことができない。
- 古代ギリシア医学のページへのリンク