リヒャルト・ワーグナー 後継者たち

リヒャルト・ワーグナー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/10 05:31 UTC 版)

後継者たち

リヒャルト・ワーグナーの死後、祝祭劇場は妻コジマが運営、1907年のコジマ引退後は、息子のジークフリートが翌1908年に音楽祭の終身芸術監督に就任して運営を受け継いだ。ジークフリートは指揮者、作曲家としても活動しており、音楽祭でも指揮、舞台演出を手がけた。ワグネリアンだったヒトラーは晩年のコジマに面会している。1930年にコジマとジークフリートが相次いで死去すると、ジークフリート夫人のヴィニフレート(イギリス出身、1897年 - 1980年)が後を継いだが、ナチズムとは一定の距離を置いていた亡夫とは対照的に、彼女はヒトラーに公私共に接近(一時は結婚の噂もあった)、祝祭劇場はナチス政権の国家的庇護を受けた。なお、長女フリーデリント(Friedelind, 1918年 - 1991年)は母のナチスへの協力を嫌って出奔し、アメリカへ亡命した。

第二次世界大戦の敗戦後、ヴィニフレートはナチスとの協力の責任を問われて祝祭劇場への関与を禁止された。劇場は一時アメリカ軍に接収されたが、長男ヴィーラント(1917年 - 1966年)に返還された。1951年フルトヴェングラー指揮の第九バイロイト音楽祭も再開された。再開後の音楽祭は主に舞台演出を担当するヴィーラントと運営面を受け持つ弟のヴォルフガング(Wolfgang, 1919年 - 2010年 )との共同体制により回を重ねた。ヴィーラントは戦後のバイロイトでの上演の多くを演出、舞台装置を極端に簡略化し(再開当時の音楽祭が深刻な資金不足だったことも一因であったが)、照明の活用と、わずかな動きに密度の濃い意味を持たせた。その演出技法は、巨匠カール・ベーム新即物主義的な演奏とともに「新バイロイト様式」として高い評価を受けるとともに、ナチス時代との決別を明確にした。なお、彼の演出にはテオドール・アドルノエルンスト・ブロッホ等ナチスとは対極的な多くの知識人の支持・支援があった。

ヴィーラントの急逝後はヴォルフガングが総監督に就き、以後40年以上の長期にわたってバイロイト運営を主導した。彼はヴィーラント時代から運営と共に演出を手がけており、兄の死後も少なからぬ作品の演出を行なったが、ゲッツ・フリードリヒパトリス・シェローハリー・クプファー等を筆頭に、演出家を外部から積極的に招聘するようになり、今日に至っている。ヴォルフガングは、演出家招聘により、20世紀バイロイト上演史に刻まれる数々の舞台の仕掛人となるなど、運営面で顕著な実績を挙げた。しかし、兄の子孫を完全にバイロイト運営から追い出したり、優れたワーグナー指揮者・歌手・演出家が彼の方針と相容れず音楽祭から身を引いた例も多く、私物化、商業主義など、長期の独裁的な組織運営に伴いがちな諸問題により多くの批判を受けたのも事実である。

高齢となったヴォルフガングが2008年に引退後、現在は娘のエファ(ヴォルフガングと先妻エレンとの間の娘)とカタリーナ(ヴォルフガングと後妻グードルーンとの間の娘)が共同で総監督を務めて音楽祭を主宰(2015年以降はカタリーナの単独主宰)。リヒャルト・ワーグナーの時代から現在に至るまで、バイロイト音楽祭の頂点にはワーグナー一族が君臨し続けている。ワーグナーの芸術的遺産の保護・継承を担うリヒャルト・ワーグナー財団(1973年設立)では、その規約で、総監督はワーグナー家から選出すると規定されている。代々高齢で子を成す家系であり、曾孫のカタリーナは曽祖父と165年も離れた1978年生まれである。


注釈

  1. ^ 日本語ではワーグナーワグナーと書かれることが圧倒的に多いが、専門書などではドイツ語発音の[va:gnɐ]英語発音の[vɑːgnə](英)/[vɑːgnɚ](米)に近いヴァーグナーヴァグナーとも表記される。日本語ではかつて、語尾の「-er」を母音化させない古典的な舞台ドイツ語の発音[va:gnər]をもとにしてワグネルヴァーグネルとも表記された。フランス語では同言語の発音通則から外れて[vagnɛːr]ヴァグネール)と読む。
  2. ^ 1989年出版のワーグナー全集版が1998年に小川典子のピアノによって世界初録音(BIS CD950)となった。日本盤には複数の著作で『第九』を採り上げた金子建志の解説が付属。演奏の困難さだけでなく、声楽パートに相当する音が欠けている特徴、第一楽章コーダの欠落などが言及されている。
  3. ^ ただし、この文書の作者がワーグナーであることは証明されていない[27]
  4. ^ 南ドイツ新報に連載した「ドイツ芸術とドイツ政治」[43]
  5. ^ ポリアコフはカール・フリードリヒ・グラーゼナップ『リヒャルト・ワーグナーの生涯』(全6巻、1894-1911)の6巻、p.551.を典拠としている[53]

出典

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  2. ^ 「作曲家 人と作品 ワーグナー」p16 吉田真 音楽之友社 2005年1月5日第1刷発行
  3. ^ サントリー音楽文化展 '92「ワーグナー」カタログ p17 三宅幸夫 サントリー文化事業部
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  66. ^ 間違ってワーグナー流す=ラジオ局が謝罪-イスラエル”. 時事ドットコム (2018年9月3日). 2018年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月2日閲覧。
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