ペストの歴史 第三のパンデミック

ペストの歴史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/03 03:55 UTC 版)

ペストの歴史においては、人類は、過去に少なくとも3度のペストが大流行している。ただし、その発生や収束の時期、流行がどのパンデミックに分類するかについてはまだ議論が存在する[1]


注釈

  1. ^ トゥキュディデス『戦史』によれば、「アテナイのペスト」はペロポネソス戦争時に流行したため、アテナイでは敵のスパルタ側が貯水池に毒を投げ込んだという噂がながれたという[9]。また、古代ギリシャ最大の民主政治家として知られ、アテナイでペロポネソス戦争を主導したペリクレスもこの感染症で死亡しており、疫病は、この戦争でのアテナイの敗北およびデロス同盟の解体を招いたともいわれる。
  2. ^ 地中海沿岸の各港は、ペストが交易船を媒介として広まることがわかると、感染地からの船舶の寄港を禁止した。ヴェネツィアでは、東方から寄港する船舶を沖合の島に40日間停泊させて、その隔離期間のなかで感染の有無を確かめさせた。検疫のことを英語でquarantinというが、これはイタリア語quarantena(40日)に由来する。
  3. ^ ユダヤ教徒に被害が少なかったのはミツワーにのっとった生活のためにキリスト教徒より衛生的であったという説がある一方、実際にはゲットーでの生活もそれほど衛生的ではなかったとの考証もある[要出典]
  4. ^ このような「17世紀の危機」論については、大久保桂子のように、17世紀前半に本当の「危機」をかかえていたのはスペインのカスティーリャであったろうが、一方では同時代の北部ネーデルラントは未曾有の繁栄を謳歌する「オランダ黄金時代」であったし、イングランドの毛織物輸出はエリザベス朝後半の大不況期を脱して好調だったことから、ヨーロッパのあらゆる地域、また、あらゆる面において「危機」的状況にあったわけではないことを指摘する声もある[37]
  5. ^ ニュートンの三大業績は、すべてこの故郷での休暇期間でのことであり、この期間のことを「驚異の年」などとも呼んでいる[39]
  6. ^ 飯島渉は、19世紀末から20世紀初頭にかけて流行したペストが雲南起源であったことが、マクニールに中世ヨーロッパのペストが雲南起源でモンゴル帝国によって媒介されたという着想をあたえたのではないかとしている[41]
  7. ^ それ以前には「インダスの東にはペストは現れない」ということばさえあったという[5]
  8. ^ 火葬場で焼却されたネズミの霊を供養するための鼠塚が1902年(明治44年)、渋谷区祥雲寺境内に建てられた[46]
  9. ^ 1930年とする資料もある[54]
  10. ^ WHOの報告によれば、2004年から2009年までの間の世界全体の患者数は1万2,503人で、うち、死亡者はアフリカ、アジア、南北アメリカの16ヶ国から843人であった。調査の期間、毎年ペスト患者が報告されていた国は、コンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルー、アメリカ合衆国の4か国である。

出典

  1. ^ a b Frandsen, Karl-Erik (2009). The Last Plague in the Baltic Region. 1709–1713. Copenhagen. p. 13. ISBN 9788763507707. https://books.google.com/books?id=F3bNWrVRMb8C 
  2. ^ Byrne, Joseph Patrick (2012). Encyclopedia of the Black Death. Santa Barbara (CA): ABC-CLIO. p. xxi. ISBN 9781598842531. https://books.google.com/books?id=5KtDfvlSrDAC 
  3. ^ Frandsen, Karl-Erik (2009). The Last Plague in the Baltic Region. 1709–1713. Copenhagen. p. 43. ISBN 9788763507707. https://books.google.com/books?id=F3bNWrVRMb8C 
  4. ^ Byrne, Joseph Patrick (2012). Encyclopedia of the Black Death. Santa Barbara (CA): ABC-CLIO. p. xxii. ISBN 9781598842531. https://books.google.com/books?id=5KtDfvlSrDAC 
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 北本(1974)pp.903-905
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 石(2018)pp.98-99
  7. ^ a b c 斉藤博, 「アテネの疫病はマールブルグ病, または, エボラ熱か? 」『埼玉医科大学進学課程紀要』 8巻 2000年 p.15-25, NCID AN00095070
  8. ^ 戸田隆夫, 「(1)グローバル・ヘルスと持続可能な社会の創造」『東京女子医科大学雑誌』 88巻 1号 2018年 p.13-14, 東京女子医科大学学会, doi:10.24488/jtwmu.88.1_13
  9. ^ a b c d 見市(1994)pp.1110-1111
  10. ^ Suzanne Austin Alchon(2003),A Pest in the Land: New World Epidemics in a Global Perspective, p.21(表)
  11. ^ a b c d e 第4回「ペスト」-中世ヨーロッパを揺るがせた大災禍 (加藤茂孝) (PDF) - モダンメディア 56巻 2号 2010年 「人類と感染症の戦い」
  12. ^ 東ローマ帝国時代のペスト流行、被害は過大評価? 新研究”. CNN (2019年12月3日). 2021年2月5日閲覧。
  13. ^ a b c d e 池上(2008)pp.352-354
  14. ^ a b c d マクニール『疾病と世界史』(1985)。原著は"Plagues and Peoples"(1976)
  15. ^ CNN - A history of the plague in China, from ancient times to Mao -- and now
  16. ^ Black Death - Cause and outbreak - Britannica
  17. ^ 村上(1983)
  18. ^ a b c d e f g 石(2018)pp.100-101
  19. ^ a b c 『クロニック世界全史』(1994)p.335
  20. ^ a b c 樺山(2008)pp.55-57
  21. ^ a b c 池上(2008)pp.354-357
  22. ^ a b c d e f g h i j k l 石(2018)pp.102-104
  23. ^ a b c d e ケリー(2008)pp.10-12
  24. ^ a b c 石(2018)pp.101-102
  25. ^ a b c 樺山(2008)pp.59-62
  26. ^ a b 池上(2008)pp.357-360
  27. ^ 野上素一訳、『西洋史料集成』より。
  28. ^ a b c 樺山(2008)pp.53-55
  29. ^ 加藤茂孝、第1回「人は得体の知れないものに怯える」(加藤茂孝) (PDF) - モダンメディア 55巻 9号 2010年、「人類と感染症の戦い」
  30. ^ a b 樺山(2008)pp.57-59
  31. ^ a b c 池上(2008)pp.421-424
  32. ^ ケリー(2008)pp.385-395
  33. ^ a b 森本(2011)
  34. ^ マン(2017)pp.37-40
  35. ^ a b 川北(2001)pp.213-215
  36. ^ a b マン(2017)pp.35-36
  37. ^ 大久保(2009)pp.200-202
  38. ^ 飯島(2006)。原出典は、曹樹基;"鼠疫流行与華北社会的変遷" (1997)
  39. ^ a b c d e f g h i j k l m n 石(2018)pp.104-106
  40. ^ 石(2018)pp.106-107
  41. ^ a b c d 飯島(2006)
  42. ^ a b c 都市の縁辺を考える(下)-20世紀初頭の横浜スラム再考― (阿部安成) (PDF) - 滋賀大学経済経営研究所
  43. ^ 瀬上清貴「健康危機管理と治世 (PDF) 」国立保健医療科学院
  44. ^ 高木友枝横濱市ノ「ペスト」病」『細菌學雜誌』1896年 1895and1896巻 5号 p.319-322, doi:10.14828/jsb1895.1895and1896.319
  45. ^ 時事新報
  46. ^ a b c d e 【時を訪ねて 1899】ペスト防衛(東京、横浜)北里と野口、水際で発見『北海道新聞』日曜朝刊別刷り2020年10月25日1-2面
  47. ^ a b ペストとは 国立感染症研究所
  48. ^ 『警視庁東京府広報 明治33年綴』
  49. ^ 跣足厳禁庁令発足」『毎日新聞』1901年5月31日。『新聞集成明治編年史. 第十一卷』国立国会図書館近代デジタルライブラリー、2014年7月3日閲覧。
  50. ^ 『警視庁東京府広報 明治34年綴』
  51. ^ 『明治ニュース事典第7巻』(1986)p.685。原出典は『国民新聞』明治38年3月12日付
  52. ^ 坂口誠「近代大阪のペスト流行, 1905-1910年」『三田学会雑誌』2005年 97巻 4号 p.561-581, NAID 120005440787, 慶應義塾経済学会
  53. ^ a b c d e ペストとは 国立感染症研究所、2019年12月27日改訂
  54. ^ 日本小児科学会 予防接種・感染対策委員会「学校、幼稚園、保育所において予防すべき感染症の解説」”. 厚生労働省. 2020年1月22日閲覧。





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