オイルショック 石油危機の与えた影響

オイルショック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 08:28 UTC 版)

石油危機の与えた影響

先進国の経済が中東の石油に極端に依存していることが明白となった。そのため北海油田などが積極的に開発運営された。また、原子力風力太陽光など非石油エネルギーの活用の模索、また省エネルギー技術の研究開発への促進の契機ともなった。石油の備蓄体制を強化することも行われた。また、モータリゼーションの進展により自動車の燃料消費が石油消費に高比率を占めていたことから、鉄道を始めとする公共交通機関を再評価する動き(モーダルシフト)が出た。

大和総研は「2度にわたるオイルショックは、日本経済に大きな影響を与えたが、日本企業がエネルギー効率を改善させる大きなきっかけとなった」と指摘している[14]。合理化は資本の自由化に並行した。

フランス大統領ジスカールデスタンの発案により、1975年に第1次石油危機以降の経済の回復を主たる議題として、先進国の首脳が一堂に会する主要国首脳会議(サミット)の第1回がフランスのランブイエ城で開催された。

インフレーション傾向を強めていた先進国経済は、石油危機によりスタグフレーションに突入。1971年ニクソン・ショックと合わさり、戦後世界経済の成長体制は破壊された。工業化による投資で、対外債務を膨張させていた南アメリカアフリカなどの開発途上国は、石油輸入コストの急上昇によりユーロ債(シンジケートローンの変動利付き債)への借換を余儀なくされた。

石油輸出国はオイルマネーを得て、国内福祉を充実させたり、強力なソブリン・ウエルス・ファンドを設立したりした。オイルマネーの出所はOTD金融が信用創造した預金通貨であり、このユーロダラーが輸入国発行のユーロ債となっていた。

OTD金融はシャドー・バンキング・システムが能動的に行ったものであった。しかしベン・バーナンキは、石油価格の高騰が財・サービスのコストを引き上げ、インフレを悪化させるのは事実であるが、それよりもアメリカ合衆国でインフレが深刻になったのは、家計・企業が連邦準備銀行の金融引き締めが十分ではないことを予想し、それが高いインフレ予想を招いたことであるとしている[15]。バーナンキはその結果、賃金の引き上げ・製品価格の値上げが起きたとしている[16]。この見解に沿ったレーガノミックスの高金利政策でシンジケートローンの償還が至難となり、債務危機に陥ったメキシコ機関化された。

ユーロ債発行額(シンジケートローンにつき変動利付き債。単位億ドル)[2]
1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 1980年 1981年
OECD加盟国 123.6 182.9 62.2 99.0 130.4 304.1 290.7 411.6 973.7
非加盟産油国 21.0 6.9 24.7 24.7 46.2 86.9 87.7 68.4 57.4
非加盟途上国 52.7 75.2 87.8 119.0 132.7 231.8 360.0 281.6 409.3
東ヨーロッパ 5.9 8.3 19.5 17.3 14.1 28.7 37.2 26.7 15.1
南アや国際機関等 5.4 12.0 11.7 19.2 14.4 8.6 15.2 10.9 3.7
合計 208.6 285.4 205.8 279.2 337.8 660.0 790.8 799.2 1459.1
伝統的外債を除く、長期・固定金利の国際債発行額(億ドル)[2]
1973年 1974年 1975年 1976年 1977年 1978年 1979年 1980年 1981年
OECD加盟国 31.5 22.5 82.7 111.0 141.9 98.6 133.5 169.6 217.0
非加盟産油国 1.0 - 0.5 1.5 3.7 11.6 3.3 1.3 0.7
非加盟途上国 3.7 0.9 1.8 9.3 21.6 18.8 15.5 10.2 21.5
東ヨーロッパ - 0.4 2.0 0.7 2.5 0.3 0.3 0.5 -
南アや国際機関等 10.8 21.8 18.1 31.2 25.1 30.1 21.0 18.8 25.7
合計 47.0 45.1 105.2 153.7 194.8 159.4 173.5 200.5 264.9

  1. ^ a b Morris Miller, Resolving the Global Debt Crisis 国連 1989年 p.50.
  2. ^ a b c d e f OECD, Financial Statistics, 1979, 13, Tome 1, pp.802-810; Financial Statistics Monthly, Dec. 1982, pp.8-9, 13-14.
  3. ^ a b 田中秀臣 『経済政策に歴史を学ぶ』 ソフトバンク クリエイティブ〈ソフトバンク新書〉、2006年、190頁。
  4. ^ 原田泰 『コンパクト日本経済論(コンパクト経済学ライブラリ)』 新世社、2009年、30頁。
  5. ^ 著者・タイトル不明 配布元は内閣府経済社会総合研究所 2つのコクサイ化 p.73.
  6. ^ 日本政策投資銀行 金融自由化とコーポレート・ガバナンス 社債発行によって銀行の機能は低下したか 2008年9月 p.5. p.29.
  7. ^ 逆に日本鉄道建設公団が全国各地に建設していたAB線と呼ばれる地方ローカル線の建設については第一次オイルショックの時点では中止されず、そのまま工事が続行されていた。
  8. ^ 本四高速の料金等について 国土交通省 2011年(平成23年)12月20日
  9. ^ 石けん基礎知識 石鹸洗剤の基礎(2) 日本石鹸洗剤工業会
  10. ^ 最終クール「恐怖の円盤生物シリーズ!」は、円盤生物の奇襲による防衛チームの全滅の他、怪獣との対戦を可能な限り、プロップの操演で表現しようという苦肉の策でもあった。着ぐるみが存在する円盤生物でも、ノーバ星人ブニョなどは簡素な造形で、演出でインパクトを出そうという苦心が見受けられる。
  11. ^ 川島博之日本人がこれほど「食料自給率」に怯える理由 日本農業、再構築への道<1>JBpress2010年10月13日2016年2月10日閲覧
  12. ^ a b c d 生命保険協会百年史”. 一般社団法人生命保険協会. 2020年10月29日閲覧。
  13. ^ 伊藤修 『日本の経済-歴史・現状・論点』 中央公論新社〈中公新書〉、2007年、108頁。
  14. ^ 大和総研 『最新版 入門の入門 経済のしくみ-見る・読む・わかる』 日本実業出版社・第4版、2002年、53頁。
  15. ^ 田中秀臣 『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』 講談社〈講談社BIZ〉、2006年、179-180頁。
  16. ^ 田中秀臣 『ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝』 講談社〈講談社BIZ〉、2006年、180頁。
  17. ^ The Gulf War and the Price of Oil:Prospects for the Medium Term Looney, R.E. (1992)
  18. ^ 国際政治と第4次石油危機の可能性― エネルギー資源確保をめぐる地政学・地経済的変動の一考察 ―古田雅雄 『社会科学雑誌』第8巻(2013年12月)
  19. ^ NHK クローズアップ現代 2008年6月25日[リンク切れ](アーカイブ)
  20. ^ 150年以上にわたる原油価格の推移をグラフ化してみる(最新)


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