アイリッシュ・ウイスキー アイリッシュ・ウイスキーの概要

アイリッシュ・ウイスキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/15 16:19 UTC 版)

アイリッシュ・ウイスキー

定義

アイルランド共和国においては、1980年アイリッシュ・ウイスキー法第1条により、次のように定義されている。

1.—(1)一切の法律または法律に基づいて作成される一切の文書の目的においては、アイリッシュ・ウイスキーとして記述されるスピリッツは、本条第(3)項に記載されるスピリッツに係る要件が当該スピリッツに関して遵守されない限り、当該記述に相当するものとはされないものとする。
(2)(略)
(3)次に掲げるものは、スピリッツに関して本条第(1)項および第(2)項において言及される要件である。
(a)当該スピリッツは、国内または北アイルランド内において、穀物のマッシュであって
(i)天然のジアスターゼの併用の有無を問わず、当該穀物に含まれるモルトのジアスターゼにより糖化され、
(ii)酵母の作用により発酵させられ、かつ、
(iii)蒸留液が用いられた材料由来の香りおよび味を有する方法により、94.8容量%未満の強度のアルコールに蒸留されたもの
 から蒸留されたものとし、かつ、
(b)当該スピリッツは、木製の樽において
(i)国内の倉庫において3年以上、もしくは
(ii)北アイルランド内の倉庫において当該期間、または
(iii)国内および北アイルランド内の倉庫において合計3年以上の期間
 熟成されたものとする。
(4)本条第(3)項の目的においては、スピリッツが蒸留される際のアルコール強度は、当分の間、関税および物品税の目的において用いられる確認の方法と同じ方法により確認されるものとする。

種類

名称 原料 蒸留方法
ピュアポットスティルウイスキー モルトにした大麦と未発酵の大麦やオート麦などを配合[1] 単式蒸留器で3回行う
モルトウイスキー 大麦麦芽 単式蒸留器を使用。蒸留回数は2回もしくは3回[1]
グレーンウイスキー コラムスティルで蒸留する穀物(トウモロコシなど)[1] 連続式蒸留器を使用する
ブレンデッドウイスキー 複数のモルトの原酒とグレーンの原酒[1] -

アイリッシュ・ウイスキーは大別して4種類の形態に分かれている。ピュアポットスティル(モルトにした大麦(麦芽)と、未発酵の大麦などを組み合わせたウイスキー。2011年以降はシングルポットスティルという呼称が使われるようになった)、モルトウイスキー(100%モルトにした大麦が原料のウイスキー。シングルモルトアイリッシュウイスキーとも呼ばれる)、ブレンデッド(モルトにした大麦と小麦のようなモルトにしない穀物をブレンドするウイスキー)、そしてコラムスティルで蒸留する穀物から作るグレーン・ウイスキーの4種である。

アイリッシュ・ウイスキーだけに見られるのが、ピュアポットスティルウイスキーである(100%大麦を使いながらモルトしたものとしないものを両方使い、ポットスティルで蒸留する)。「生の」モルトしない大麦を使うことで、ピュアポットスティルウイスキーをピリッとした味わいにし、これがアイリッシュ・ウイスキーを独自の味わいにしている。シングルモルトのようにピュアポットスティルは売られたりグレーンウイスキーをブレンドしている。蒸留所の責任者たちはピュアポットスティルウイスキーに強い愛着を持っており、この傾向はブレンデッドウイスキーが一般的になる1960年代以降まで顕著だった[2]

ピュアポットスティルウイスキーの持つ価値が薄れ、アメリカの市場に向けてスコッチ・ウイスキーと同タイプの軽い味わいのブレンデッドウイスキーを生産する必要に迫られると、1960年代から1970年代の間にかけてブレンデッドウイスキーの生産が開始される[3]。アイルランドで操業している蒸留所が少ないため、グレーンウイスキーと混ぜる原酒の種類はスコッチ・ウイスキーに比べて乏しいが、新ミドルトン蒸留所で作られるピュアポットスティルウイスキーを原酒とするブレンデッドウイスキーは、スコッチ・ウイスキーに無い独特の風味を持っている[3]

グレーンウイスキーはシングルモルトより軽く癖のない味わいで、1種類だけで瓶詰めすることはほとんど無く[4]、ブレンデッドウイスキーの素材としてモルトウイスキーとブレンドして使っている。

製法

クーリー蒸留所の蒸留機

年間の気温差が小さく、冷涼で程よい湿度があるアイルランドの気候はウイスキーの製造に適している[5][6]

  1. 製麦。大麦を発芽させ、モルト(麦芽)に変える、いわゆるモルティング。
  2. モルトの乾燥
  3. モルトの糖化、麦汁の精製
  4. 麦汁の発酵
  5. 蒸留、原酒の精製
  6. 原酒の樽詰め、熟成
  7. ボトリング

ウイスキーは以上の工程を経て完成する。単式蒸留機による3回の蒸留を行い、モルトの過程でピート[注 1]が使用されないことが、多くのアイリッシュ・ウイスキーに共通する特徴である。[7][8]

モルトの際にはピートの代わりに石炭、木材が使用され、乾燥はキルトという炉の中で行われる[9]。早期に醸造・蒸留産業が確立されたアイルランドでは、機械を使用して掘り出すピートよりも、木や石炭が燃料として使用されることが多かった[10]。アイルランド人のイオニアス・コフィーが発明した連続式蒸留機(スコッチ・ウイスキーも参照)はアイルランドで紹介されたが、導入には賛否が分かれた[11][2]。時間をかけずに安価でウイスキーを生産できることを喜ぶ製造者がいる一方、アイリッシュ・ウイスキーの高級品としてのステータスの低下を危ぶむ者もいた[2]。結局、連続式蒸留機を導入したのは一部の製造者だけであり、大半の蒸留所はポットスティルでの蒸留を続けた[12]コフィーはスコットランドに活躍の場を求め、グラスゴーエディンバラを中心とするローランド地方でコフィー式蒸留機が取り入れられ、ローランドでグレーンウイスキーの生産が開始された[13]

製造の過程で3回の蒸留が行われる理由については、原料にライ麦などの穀物を使うと穀物のフレーバー(香り)が強くなるため、蒸留の回数を増やして穀物のフレーバーを飛ばすためだと考えられている[14]。そして、生産性を高めるために巨大なポットスティル(蒸留機)が使われるようになった[14]

ブッシュミル蒸留所、新ミドルトン蒸留所で行われる3回蒸留は、以下の手順に沿う[15]

  1. ウォッシュスティル:全留し、留液(ローワイン)を取り出す。
  2. フェインツスティル(ローワインスティール):1回目の蒸留で得られたローワインをアルコール度数の高いストロングフェインツと度数の低いウィークフェインツに分離し、ストロングフェインツを3回目の蒸留にかける。ウィークフェインツは次回の蒸留でローワインと混ぜられて再び蒸留される。
  3. スピリッツスティル:蒸留の最初と最後に出たスピリッツ(ヘッドとテイル)を除き、熟成に適した中留液を取り出す(ミドルカット)。ヘッドとテイルは次回の蒸留でストロングフェインツと混ぜられて再び蒸留される。

蒸留液のアルコール度数は約86度と、スコッチ・ウイスキー(約70度)に比べて高い[16]。蒸留液に水を加えてオーク樽に入れ、通常は5年から8年の間熟成させる[16]。樽はシェリーラムバーボンの熟成に使われた古樽を使用し、3回使用された樽は廃棄される[16]


注釈

  1. ^ アイルランドではピートは「ターフ」と呼ばれる。(武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p39)
  2. ^ 1970年代以前は近隣のコールレーン蒸留所のグレーンウイスキーを使用していた。(橋口『ウイスキーの教科書』、p166)

出典

  1. ^ a b c d 橋口『ウイスキーの教科書』、p97
  2. ^ a b c ジャクソン『ウィスキー・エンサイクロペディア』、p185
  3. ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p197
  4. ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p29
  5. ^ 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p26
  6. ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p24
  7. ^ a b c 橋口『ウイスキーの教科書』、p27
  8. ^ a b c d e 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p147
  9. ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p39
  10. ^ a b c ジャクソン『ウィスキー・エンサイクロペディア』、p184
  11. ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p35
  12. ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp27-28
  13. ^ 土屋『ウイスキー通』、p188
  14. ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p200
  15. ^ 土屋『ウイスキー通』、pp199-200
  16. ^ a b c d 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p40
  17. ^ a b 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p27
  18. ^ a b 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p146
  19. ^ 海老島均、山下理恵子編著『アイルランドを知るための70章』(エリア・スタディーズ, 明石書店, 2011年8月)、p228
  20. ^ a b c d 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p149
  21. ^ アーカイブされたコピー”. 2011年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年1月12日閲覧。(2012年1月閲覧)
  22. ^ a b 内林『西洋たべもの語源辞典』、p22
  23. ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p28
  24. ^ a b c 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p26
  25. ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp47-48
  26. ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p48
  27. ^ A Dictionary of Hiberno-English - Terence Patrick Dolan - Google Books”. 2011年12月20日閲覧。
  28. ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p18
  29. ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p25
  30. ^ 土屋『ウイスキー通』、p182
  31. ^ 橋口『ウイスキーの教科書』、p6
  32. ^ a b c d 橋口『ウイスキーの教科書』、p166
  33. ^ [1]
  34. ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p28
  35. ^ a b c d 橋口『ウイスキーの教科書』、p168
  36. ^ 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p34
  37. ^ 土屋『ウイスキー通』、p190
  38. ^ a b 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、pp33-34
  39. ^ a b c 橋口『ウイスキーの教科書』、p96
  40. ^ 肥土『シングルモルト&ウイスキー大事典』、p243
  41. ^ a b c d 河合『琥珀色の奇跡 ウイスキーラベルの文化史』、p36
  42. ^ 武部『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』、p34
  43. ^ 土屋『ウイスキー通』、p192
  44. ^ Whiskey exports boom but industry criticises new law”. www.independent.ie. The Irish Independent. 2017年11月6日閲覧。
  45. ^ a b 橋口『ウイスキーの教科書』、p167
  46. ^ 土屋『ウイスキー通』、pp206-207
  47. ^ 土屋『ウイスキー通』、p193
  48. ^ 土屋『ウイスキー通』、p184
  49. ^ Barnard, Alfred. Whisky Distilleries of the United Kingdom. Birlinn, 1887.
  50. ^ a b 土屋『ウイスキー通』、p180
  51. ^ 土屋『ウイスキー通』、p209


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