VT-1型原子炉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/26 18:46 UTC 版)
VT-1型原子炉はソ連海軍の645号計画型原子力潜水艦K-27 (原子力潜水艦)に搭載された、鉛・ビスマス合金を冷却材とする液体金属冷却式原子炉[1]:86/393。
開発経緯
K-27は、ソ連における第1世代の原子力潜水艦であるノヴェンバー型原子力潜水艦の1隻だが、液体金属冷却炉を搭載した唯一の艦である[1]:110/393[2]:22-23。当時のソ連海軍は、アメリカ海軍が1957年に竣工させた、液体ナトリウム冷却原子炉S2Gを搭載したシーウルフ (SSN-575)に関する情報をKGBを介して入手し、検討の上、第143設計局の設計による、液体金属冷却炉を搭載したノヴェンバー型原子力潜水艦の改型の建造に第402造船所で1958年から着手した[2]:24が、VT-1型原子炉の設計作業自体は1952年に開始されていた[1]:86/393。
ソ連海軍が建造に着手する以前の1957年の段階で、アメリカ海軍は、問題の多い液体金属冷却炉に見切りをつけ、シーウルフの原子炉を加圧水型原子炉に換装することを決定していたが、これをソ連海軍が無視した事情は明らかではない[2]:23-24。
設計
VT-1はギドロプレス設計局が設計を担当し、液体ナトリウムを冷却材としたアメリカ海軍のS2Gと異なり、鉛・ビスマス共晶合金を冷却材とする液体金属冷却炉として設計された[1]:86/393。
核燃料は90%高濃縮ウラン燃料を使用し、73MWの熱出力を発揮し[1]:86/393、実艦には2基セットで搭載され、蒸気タービン2基により35000軸馬力を発揮し、2軸を駆動させた[1]:110/393。これはVM-A型原子炉の4.3パーセント増であった[2]:23。
核燃料はウラン・ベリリウムの合金として形成され、酸化ベリリウムとともにセラミック燃料ペレットに焼成され、ステンレス鋼の被覆管に封入されて燃料棒に加工された[1]:86/393。
冷却材の鉛・ビスマス合金は、100,000 Pa (0.99 atm)までの気圧下で、融点125℃/254.3℉ (純鉛の融点は 327℃/621℉、純ビスマスの融点は 271℃/520℉) 、沸点1,670℃/3,038℉[3]であり、加圧水型原子炉と異なり、常圧下で高い除熱能を発揮し、高温の過熱蒸気を発生させられるため、高い熱効率を期待できる。運転中の冷却材の温度は440℃(20 kg/cm2 (280 psi))、過熱蒸気の温度は355℃(38 kg/cm2 (540 psi))に達した[1]:86/393[2]:23。また、冷却材の循環は自然循環のため、騒音源となる冷却材循環ポンプが不要であった。
しかし、問題は小さくなく、鉛・ビスマス共晶合金のもっている強い腐食性は特に大きな問題であった。冷却材中の酸素濃度を一定範囲内に管理することが腐食性の抑制に有効であることが発見された[4]が、酸素濃度は低すぎれば構造材表面に酸化被膜が形成されず、構造材が溶出し、高ければ腐食性が高まる[5]:353ため、酸素濃度の管理という運用負荷が避けられなくなった。また、冷却材の温度が125℃(275℉)を下回ると凝固が始まり、原子炉を損傷させるおそれがあるだけでなく、再起動に備えて原子炉停止中には冷却材の余熱が必要であった[1]:86/393。また、1次冷却系への高圧蒸気の漏出により酸化物(「スラグ」と呼ばれた)が発生して冷却系配管を閉塞させる事故が発生したため、後に、定期的にスラグを除去する作業が必要だった[1]:87/393。さらに、ビスマス209が中性子を吸収しアルファ崩壊することで、1次冷却系内に強力なアルファ線源・熱源であるポロニウム210を発生させ[5]:352、その強い放射能と発熱のため冷却系配管の保守整備に問題を生じさせた[2]:23-24。
運用歴
K-27およびVT-1は、1968年5月24日に炉心溶融事故を発生させ、事故対応にあたった乗員に急性放射線症候群による死者が発生した[1]:110/393ほか乗員多数が被曝した[2]:24。その後、1981年までセヴェロドヴィンスクの第402造船所の埠頭に係留されたまま、冷却材の凝固を防ぐための高圧蒸気を供給する補助船舶の支援を受けながら、オブニンスク原子力研究所による実験用途に供されたが、1973年には危険と判断されて実験が中止され、さらに再び炉心溶融事故が発生したため、1982年9月6日に、核燃料を装荷したまま原子炉ごとK-27はノヴァヤゼムリャ諸島のステポポイ湾の海中に投棄された[1]:110/393[2]:24。投棄されたK-27の放つ放射線量は20万キュリーに達するといわれている[2]:24。
このようにK-27とVT-1の運用実績はふるわなかったにもかかわらず、のちにやはり鉛・ビスマス合金を冷却材とする液体金属冷却炉を搭載する705号計画型原子力潜水艦が7隻建造されたが、705号計画型においても冷却材の問題は解決されなかった[2]:24。
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l Lobner2018
- ^ a b c d e f g h i j ポルトフ[2005]
- ^ NEA. “Handbook on lead-bismuth eutectic alloy and lead properties, materials compatibility, thermal-hydraulics and technologies – 2015 edition”. Nuclear Energy Agency (NEA). pp. 31-46. 2025年8月24日閲覧。
- ^ “鉛冷却炉研究の現状と発展の展望(その1)” (2017年). 2025年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年8月27日閲覧。
- ^ a b 高橋実 (2018). “第4回 鉛冷却高速”. 日本原子力学会誌ATOMOΣ (日本原子力学会) 60 (6): 351-356. doi:10.3327/jaesjb.60.6_351 2025年8月26日閲覧。.
参考文献
- Peter Lobner (2018年). “Marine Nuclear Power: 1939 – 2018 Part 3A: Russia”. lynceans. 2025年8月24日閲覧。
- アンドレイ・V.ポルトフ『ソ連/ロシア原潜建造史』海人社〈世界の艦船 別冊〉、2005年。
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