SS特務師団創設
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/05 14:02 UTC 版)
ポーランド戦後、SS特務部隊は師団編成のためにただちにドイツへ帰還した。1939年10月10日にライプシュタンダルテを除くSS特務部隊は師団として編成され、ここにSS特務師団が誕生した。パウル・ハウサーが師団長に就任した。 この頃、ポーランド戦においてSS砲兵連隊の隊員がユダヤ人を無法に銃殺したとして陸軍はこのSS隊員を軍規違反で軍法会議にかけた。ヒムラーはこれに激怒し、軍からSS隊員の裁判権を奪ってほしいとヒトラーに要請するようになった。ヒトラーはこれを許可し、1939年10月17日に国防閣僚会議布告としてSS特務部隊員の裁判権はSS全国指導者の助言に基づいて総統が任命した裁判官から成るSS特別裁判所にあると定め、国防軍の裁判権からSS特務部隊を解放した。なおも特務部隊には国防軍の軍規に従う事が義務付けられてはいたが、もはや軍の軍法会議で裁かれることは無くなった。
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