周期点
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/24 03:19 UTC 版)
力学系における周期点(しゅうきてん、英: periodic point)とは、写像を反復合成することによって元に戻る相空間上の点である。力学系を調べるときの中心的役割を果たす概念の一つ。特に周期1の周期点は不動点と呼ばれる。周期点を含む軌道は周期軌道と呼ばれ、写像 f に存在する全ての周期点の集合は Per(f) のように書き表される。
周期点ではない点も、写像の反復によって周期点に引き付けられたり、あるいは反発したりする。このような周期点近傍の振る舞いは、周期点での微分係数(多次元写像の場合はヤコビ行列の固有値)で分別できる。周期点は、常微分方程式の周期解とは適当な条件のもとでポアンカレ写像によって対応づけでき、連続力学系と離散力学系を結び付けることができる。
定義
相空間を M とし、(離散)力学系を定める写像を f : M → M とする。相空間上の点 x ∈ M に対する写像 f の n 回反復合成を f n(x) で表す。ある x について
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連続力学系の周期軌道とポアンカレ断面上の2周期点の例
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複素関数 f(z) = z2 + c のジュリア集合。パラメータ c = −1.2029905319213867188 + 0.14635562896728515625i の場合。
複素数 C 上で定義された写像の反復では、無限遠点に収束しない初期値の集合の境界としてジュリア集合が定義される[59]。2次以上の複素係数多項式 f : C → C のジュリア集合 J (f) は、f の反発周期点の全体の閉包と合致することが知られる[60]。この事実自体をジュリア集合の定義とする場合もある[61]。さらに有理的中立周期点が存在すれば、それらはジュリア集合に含まれる[62]。
ジュリア集合 J (f) が f の反発周期点の全体の閉包に一致することは、言い換えれば J 上で f の周期点の集合が稠密に存在することを意味する[63]。一般に、コンパクトな距離空間 X 上の連続写像 f : X → X の周期点集合 Per(f) が X 上に稠密に存在し、なおかつ f が X 上で位相推移的であれば、f は初期値鋭敏性を持つ[64]。ここで位相推移的であるとは、X の空ではない任意の部分開集合 U, V について f n(U) ∩ V ≠ ∅ を満たす n > 0 が存在することをいう[65]。ここで初期値鋭敏性を持つとは、ある δ > 0 があって、任意の x ∈ X とその任意の近傍 U について d(f n(x), f n(y)) > δ となるような y ∈ U と n > 0 が存在することをいう[65]。これら周期点の稠密性・位相推移性・初期値鋭敏性を持つ系は、ドゥヴェイニーの意味でカオス的である[66]。広く合意されたカオスの数学的定義はないが、大雑把に言えばカオスとはある種の予測困難性を伴った不規則な振る舞いをいう[67]。カオス的な系に周期点が稠密に存在することは、系の構造の中に規則性を持った骨格のようなものを存在していることを意味する[68]。
出典
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参照文献
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- Kenneth Falconer、服部 久美子・村井 浄信(訳)、2006、『フラクタル幾何学』、共立出版〈新しい解析学の流れ〉 ISBN 4-320-01801-X
- Robert L. Devaney、國府 寛司・石井 豊 ・新居 俊作・木坂 正史(新訂版訳)、後藤 憲一(訳)、2003、『カオス力学系入門』新訂版、共立出版 ISBN 4-320-01705-6
- 青木 統夫、1996、『力学系・カオス ―非線形現象の幾何学的構成』初版、共立出版 ISBN 4-320-03340-X
- デニー・グーリック、前田 恵一・原山 卓久(訳)、1995、『カオスとの遭遇 ―力学系への数学的アプローチ』初版、産業図書 ISBN 4-7828-1009-1
- 白石 謙一、2014、『力学系の理論』オンデマンド版、岩波書店 ISBN 978-4-00-730152-0
- ロバート・L・デバニー、上江洌 達也・重本 和泰・久保 博嗣・田崎 秀一(訳)、2007、『カオス力学系の基礎』新装版、ピアソン・エデュケーション ISBN 978-4-89471-028-3
- 藤本 佳久、1997、『数列の幾何 ―複素力学系への橋渡し』第1版、森北出版 ISBN 4-627-07470-0
- 久保 泉・矢野 公一、2018、『力学系』オンデマンド版、岩波書店 ISBN 978-4-00-730742-3
- 上田 哲生・谷口 雅彦・諸沢 俊介、1995、『複素力学系序説 ―フラクタルと複素解析』初版、培風館 ISBN 4-563-00585-1
- Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版 ―微分方程式からカオスまで』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1
外部リンク
- Periodic point. Encyclopaedia of Mathematics
- Periodic Point. MathWorld
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