NAOS
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/28 09:00 UTC 版)
| 種類 | 非公開企業 |
|---|---|
| 略称 | NAOS |
| 本社所在地 | |
| 設立 | 1977年 |
| 業種 | 化粧品 |
| 事業内容 | スキンケア製品の研究・開発・販売 |
| 売上高 | 約8億9,600万ユーロ(2024年)[1] |
| 従業員数 | 3,500人以上(2024年)[1] |
| 主要子会社 | ビオデルマ アンスティチュ・エステダム エタ・ピュール |
| 関係する人物 | ジャン=ノエル・トレル(創業者) |
| 外部リンク | 公式サイト |
NAOS(ナオス)は、フランスのスキンケア企業である。エクス=アン=プロヴァンスに本拠を置き、ビオデルマ(Bioderma)、アンスティチュ・エステダム(Institut Esthederm)、エタ・ピュール(Etat Pur)の3ブランドを展開する。2024年の売上高は8億9,600万ユーロと報告されている[1]。
概要
NAOSは1977年、薬剤師・生物学者のジャン=ノエル・トレルによって設立された[2]。フランスの独立系化粧品企業の一つとされ[2]、100か国以上で事業を展開しているとされる[3]。
主に製品はエクス=アン=プロヴァンスの製造拠点「NAOS Les Laboratoires」において開発・製造されているとされる[3]。
歴史
創業(1977年)
1977年、ジャン=ノエル・トレルはパリ近郊ランジスに研究センター「CEREDAP(Centre d'Etudes et de Recherche en Esthétique et Dermatologie Appliquée)」を設立し、ビオデルマおよびアンスティチュ・エステダムの製品開発を開始した[2]。
ブランド統合(2016年)
2016年、ビオデルマ、アンスティチュ・エステダム、エタ・ピュールの3ブランドが統合され、NAOSという企業体制のもとに置かれた[2]。
財団への株式移管(2018年)
2018年6月20日、ジャン=ノエル・トレルとセリーヌ・ネボーは保有するNAOS全株式を「Jean-Noël Thorel Foundation」に移管したとされる[4]。
経営体制の変更(2026年)
2026年1月、ジャン=ノエル・トレルはフレデリック・エナブリを経営委員会議長に任命した[1]。
企業統治
NAOSは株主財団(fondation actionnaire)に基づく企業統治モデルを採用しているとされる。資本保有と意思決定権の分離を特徴とする[4]。
展開ブランド
NAOSは以下の3ブランドを展開している。
- ビオデルマ(Bioderma)
- アンスティチュ・エステダム(Institut Esthederm)
- エタ・ピュール(Etat Pur)
関連項目
外部リンク
脚注
- 1 2 3 4 “NAOS launches bespoke skincare brand to join Bioderma”. Retail Beauty (2021年12月22日). 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 “Global rollout of Skin Observer by NAOS and Haut.AI in 2024”. EurekAlert (2024年4月3日). 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 “Jean-Noel Thorel Foundation”. Jean-Noël Thorel Foundation. 2026年4月9日閲覧。
naos
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/14 05:04 UTC 版)
| naos | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | TGAStudio |
| 出身地 | |
| ジャンル | ハウス,テクノ,J-POP,ロック |
| 職業 | 作詞家作曲家 |
| 影響 | 松原みき,FENCE OF DEFENSE,manzo,山川啓介 |
| 公式サイト | http://tga-studio.com/ |
naos(なおす、2月8日 - )は、東京都三鷹市出身の作詞家、作曲家、ラジオディレクター。音楽ライブの舞台監督も務めたことがある(後述)。2009年春までラジオ制作会社勤務[1]。生年は不詳。
来歴
2005年、2chバイク板において、後に萬Z(量産型)の歌唱で知られることとなる、MotoGPライダー(当時)関口太郎選手応援歌「フルスロットル」を作詞。
2006年3月、同曲を含むコンピレーションアルバム「フルスロットル -TO THE TOP-」に参加。[2]当アルバムは、一般の商業ルートで、JASRAC非信託楽曲(全ての楽曲の著作権、著作隣接権を、発売元が一括管理する「管理楽曲」)で構成された楽曲のみで発売された。(同アルバムと管理楽曲との関連性については、管理楽曲の項で。)
2007年は関口太郎選手応援歌「Dream Again」を共同名義で発表。ヴォーカルにmiko、ドラムスに水野雅昭、キーボードに若林友一(共に当時SPANK PAGEのメンバー)を起用。この楽曲は後にダウンロード専用アルバム「Full Throttle 2010」に含まれる形で、リプロダクト(再構成)の上で販売された。この2アルバムは、著作者の印税が全てスポーツ選手のスポンサー資金として計上されるという、スポーツ界のスポンサードシステムのひとつの手段となった。
2008年は、イオシスのPodcast制作協力、制作プロジェクト「Team Get Away」(現TGAStudio)設立等、活動。
2009年はTeam Get Awayとしてイオシスのアルバム「東方超都魔転」、naos個人としてprogramYMGの楽曲「Hey リーマンDJ! 2009」(作曲はRAIKA)及びアルバム「Scramble!」、龍波しゅういちのアルバム「北辰街道」の制作、アルバトロシクスのライブ「ライド・オン・ザ☆マンボウ -3rd voyage-」の舞台監督[3]を務める。「北辰街道」では作編曲の他、ギターやベースの演奏も披露している。また、れいあ(当時IYASIS所属)をヴォーカルに起用し「TGA VOCAL Labo. - Reia -」というオリジナルヴォーカルソングCDを出している。
2010年、Team Get AwayからTGAStudioにプロジェクトを改名。公式サイトでPodcast配信を開始。同Podcastは娯楽番組の他に報道ドキュメント番組も配信。エッセイストの久住昌之が番組を取り上げた。[4]
10月から2011年秋まで、佐伯佑佳と瀬井広明(作曲家・著名作に「バレンタイン・キッス」など)のWEBラジオ[5]の「編集人」(ディレクター)を担当。[6]
2011年、TGAStudioとして若手育成を開始。同年春に舞台女優の村田明子を迎える。naos自身も村田の舞台「そのだりん ひゃくものがたり」で劇伴を担当。
2012年、作家の中園直樹が提唱する「ピンクシャツデー[7]」に賛同。ゲストに中園直樹本人を迎えたPodcastを通じて啓蒙活動を行う。[8][9]番組内では武富健治(代表作に「鈴木先生」)からのメッセージも紹介された(第3回)。
脚注
- ^ 「TGAStudio.com・主要メンバー紹介」2010年12月2日閲覧
- ^ 「TGAStudio.com・制作協力」2010年12月2日閲覧
- ^ 同ライブ特設サイトより。2010年12月19日閲覧
- ^ 「クスミの後悔日記2・江ぐち最後の日。」2010年12月2日閲覧
- ^ [1]
- ^ 同番組第33回配信より。2010年12月14日閲覧
- ^ 英語版wiki
- ^ 中園直樹からのお願い【ピンクシャツデー紹介の聴けるネットラジオ】
- ^ 小説家河合いお(代表作に「キレる彼女にご用心」)の番組紹介
外部リンク
固有名詞の分類
- NAOSのページへのリンク