ケネス・カールセン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/06 04:51 UTC 版)
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ケネス・カールセン、2008年
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 | |
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| 出身地 | 同・コペンハーゲン | |||
| 生年月日 | 1973年4月17日(45歳) | |||
| 身長 | 190cm | |||
| 体重 | 88kg | |||
| 利き手 | 左 | |||
| バックハンド | 片手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 1992年 | |||
| 引退年 | 2007年 | |||
| ツアー通算 | 3勝 | |||
| シングルス | 3勝 | |||
| ダブルス | 0勝 | |||
| 生涯通算成績 | 306勝350敗 | |||
| シングルス | 266勝288敗 | |||
| ダブルス | 40勝62敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $2,990,980 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 4回戦(1993) | |||
| 全仏 | 2回戦(1993・95) | |||
| 全英 | 3回戦(1993・94・2004) | |||
| 全米 | 3回戦(1995) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | 出場なし | |||
| 全仏 | 1回戦(2005) | |||
| 全英 | 1回戦(2004) | |||
| 全米 | 2回戦(2005) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 41位(1993年6月7日) | |||
| ダブルス | 134位(2004年4月5日) | |||
ケネス・カールセン(Kenneth Carlsen, 1973年4月17日 - )は、デンマーク・コペンハーゲン出身の男子プロテニス選手。彼はATPツアーでシングルス3勝を挙げたが、その中には2002年ジャパン・オープン・テニス選手権男子シングルス優勝もある。自己最高ランキングはシングルス41位、ダブルス134位。左利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。
来歴
9歳からテニスを始め、1992年にプロ入り。すぐに男子テニス国別対抗戦デビスカップデンマーク代表選手に選ばれ、同年のバルセロナ五輪でオリンピックに初出場を果たすが、シングルス・ダブルスともに1回戦敗退。9月末のクイーンズランド・オープンで初めて準優勝を果たした後、10月のセイコー・スーパー・テニスで初来日する。1993年全豪オープンで4大大会にデビューし、いきなりミヒャエル・シュティヒとの4回戦まで進出した。同年6月7日付で、彼は世界ランキング41位となり、ATPランキングで50位以内に入った最初のデンマーク人選手となった。この年は全般的に好調で、ウィンブルドン選手権でもセドリック・ピオリーンとの3回戦に進んでいる。しかし、彼の4大大会挑戦は決して順調ではなかった。
1996年アトランタ五輪で2度目のオリンピックに出場し、シングルス3回戦まで勝ち進んだ。1回戦でマーク・ノールズを、2回戦でジェイソン・ストルテンバーグを破って勝ち進んだ彼は、3回戦で当年度のウィンブルドン選手権準優勝者マラビーヤ・ワシントンに7-6, 0-6, 2-6で逆転負けした。デビスカップでは、デンマーク代表はしばらくの間最上位カテゴリーのワールドグループで1回戦敗退→ワールドグループ・プレーオフ勝利による残留を繰り返していたが、デビスカップ1996ワールドグループ・プレーオフでスペインに1勝4敗で敗れたため、デビスカップ1997からヨーロッパ・アフリカゾーンに転落してしまう。その後、デンマークはいまだワールドグループ復帰を実現させていない。
1998年4月、カールセンは香港オープンシングルス決勝でバイロン・ブラックを6-2, 6-0で破り、ここでツアー初優勝を果たした。これはデンマーク人の男子選手がATPツアーで獲得した最初のシングルスタイトルである。その後左肩の故障に悩み、2000年のシーズンを棒に振る。2度の手術で1年8ヶ月のブランクを経験し、2001年6月にようやくツアー復帰を果たした。2002年ジャパン・オープン・テニス選手権で、カールセンは決勝でマグヌス・ノーマンを7-6, 6-3で破り、4年ぶりのツアー2勝目を挙げた。この優勝により、カールセンは世界ランキングを65位まで戻した。2004年ウィンブルドン選手権で10年ぶり3度目の3回戦進出を果たす。2005年全米国際インドアテニス選手権決勝でマックス・ミルヌイを破り、ツアー3勝目を達成した。
2006年全仏オープン1回戦敗退を最後に、カールセンは4大大会の本戦出場から遠ざかる。2007年6月、彼は当年度限りでの現役引退を表明し、10月のストックホルム・オープンとデンマークのコルディングでのチャレンジャー大会を最後に、16年間の現役生活に終止符を打った。最後の年には、2003年以来4年ぶりのデビスカップに出場し、通算「40勝25敗 (シングルス29勝13敗、ダブルス11勝12敗)」の成績を残した。デビスカップデンマーク代表選手としての通算勝利数とシングルス勝利数は、クルト・ニールセン、トルベン・ウルリッヒに続くチーム歴代3位記録となった。
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 7回 (3勝4敗)
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| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 1992年9月28日 | ハード (室内) | 4–6, 6–7(10) | ||
| 準優勝 | 2. | 1996年3月11日 | カーペット (室内) | 2–6, 6–7(7) | ||
| 準優勝 | 3. | 1997年1月6日 | ハード | 6–7(7), 0–6 | ||
| 優勝 | 1. | 1998年4月13日 | ハード | 6–2, 6–0 | ||
| 準優勝 | 4. | 1999年7月5日 | 芝 | 7–6(5), 4–6, 4–6 | ||
| 優勝 | 2. | 2002年10月6日 | ハード | 7–6(6), 6–3 | ||
| 優勝 | 3. | 2005年2月14日 | ハード (室内) | 7–5, 7–5 |
ダブルス: 3回 (0勝3敗)
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 1997年3月10日 | カーペット (室内) | 4–6, 2–6 | |||
| 準優勝 | 2. | 1998年9月20日 | ハード | 5–7, 6–4, 5–7 | |||
| 準優勝 | 3. | 2006年9月11日 | ハード | 4–6, 3–6 |
4大大会シングルス成績
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | WG | Z# | PO | SF-B | S | G | NMS | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
| 大会 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | A | 4R | 2R | 2R | 1R | 1R | 1R | 1R | A | A | 1R | 1R | 1R | 1R | 1R | LQ | 5–12 |
| 全仏オープン | A | 2R | 1R | 2R | 1R | 1R | 1R | 1R | A | A | LQ | 1R | 1R | 1R | 1R | LQ | 2–11 |
| ウィンブルドン | A | 3R | 3R | 2R | 1R | 1R | 1R | A | A | 2R | 1R | 1R | 3R | 1R | LQ | LQ | 8–11 |
| 全米オープン | LQ | 1R | 1R | 3R | 2R | 2R | 1R | 2R | A | 1R | 2R | 2R | 1R | 1R | LQ | LQ | 7–12 |
外部リンク
固有名詞の分類
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