760年の揚州虐殺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/21 00:59 UTC 版)
760年の唐代に、安史の乱や李希烈の乱平定に参与した田神功(?-774年)が、揚州で掠奪し、胡人やペルシア人商人やイスラム教徒(大食)などの外国人を数千人虐殺した。 『旧唐書』にはこのように記録されている。 上元元年,為平盧節度都知兵馬使,兼鴻臚卿,於鄭州破賊四千余衆,生擒逆賊大将四人,牛馬器械不可勝数。尋為鄧景山所引,至揚州,大掠百姓商人資産,郡内比屋發掘略遍,商胡波斯被殺者数千人 — 『旧唐書』列伝第七十四、田神功伝 また、878年から879年にかけて黄巣が広州で外国人商人を襲撃した。イスラム商人、ユダヤ人、キリスト教徒、パールシー教徒も殺害され、犠牲者は12万人から20万人にものぼるとされる。
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