1860年夏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 07:32 UTC 版)
「アメリカ陸軍ラクダ部隊」の記事における「1860年夏」の解説
1860年6月、20頭のラクダと25頭のラバによる遠征が行われた。 6月24日、J・H・ホルマン中尉の率いる歩兵を従えた一行は、キャンプ・ハドソンからペコス川に向かって出発した。ラクダはまたもやラバよりも優秀な成績を収めた。極度に乾燥した土地での行軍が続いた。 5日目、一行はリオ・グランデ川の支流、サンフランシスコ・クリークに到着したが、水はほとんど残っていなかった。3頭のラバが死んだが、ラクダは全員助かった。水飲み場で一日休んだ後、フォート・デイヴィスへ向かった。 7月17日、遠征隊はリオ・グランデ川近くのプレシディオ・デル・ノルテに到着した。遠征隊はフォート・ストックトンを経由してキャンプハドソンに戻り、8月上旬に到着した。ラクダはキャンプ・ヴェルデに戻された。隊長はラクダについて「その耐久力、従順さ、賢さは陸軍長官の注意を引かないはずがなく、彼らの信頼できる奉仕がなければ遠征は失敗に終わっただろう」と記した。 この遠征は、南北戦争勃発前の最後のラクダの長距離使用であった。
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