1711年のゲットーの大火
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「フランクフルト・ゲットー」の記事における「1711年のゲットーの大火」の解説
1711年1月14日にゲットーで大火があった。これによってゲットーの家屋はほとんど焼失してしまった。被害が大きくなったのは水の不足もあったが、それ以上にユダヤ人が市民の略奪を恐れてゲットーの門を長時間にわたり閉ざし、救援に来た市民が入れなかったせいであった。しかしこれはあながち杞憂とは言い切れなかった。これと似た事件は後のフランス軍の攻撃でゲットーが炎上した際にも起こっている。この際には本当に市民がゲットーで火事場泥棒の略奪を行っている。ユダヤ人達はゲットー外の略奪者を常に心配しながら暮さねばならなかった。 この大火の後、市参事会はユダヤ人たちに再建されるまでゲットー外で暮らす事を認めた。この際、ユダヤ人の間にはゲットー外で暮らすのが既成事実化して居住の自由が認められるかもしれないという期待が広がったが、結局1716年にはフランクフルト市内の全てのユダヤ人は全員ゲットーへ戻るよう命じられた。
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