須々岐水神社 (松本市)とは? わかりやすく解説

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須々岐水神社 (松本市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/25 08:48 UTC 版)

須須岐水神社

お船祭り2008年5月5日
所在地 長野県松本市大字里山辺2737[1][2]
位置 北緯36度14分0.94秒 東経138度0分27.6秒 / 北緯36.2335944度 東経138.007667度 / 36.2335944; 138.007667 (須々岐水神社 (松本市))座標: 北緯36度14分0.94秒 東経138度0分27.6秒 / 北緯36.2335944度 東経138.007667度 / 36.2335944; 138.007667 (須々岐水神社 (松本市))
主祭神 薄川の神・建御名方命素盞鳴命[3]
社格 国史見在社
別名 須々岐水神社
例祭 5月5日お船祭り
地図
須須岐水神社
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松本市を流れる薄川

須々岐水神社(すすきがわじんじゃ)は、長野県松本市里山辺にある神社登記上の宗教法人名称は須須岐水神社

歴史

  • 日本後紀」延暦18年(799年)12月甲戌条に、高句麗から渡来した信濃国人卦婁真老(外従六位下)は「須々岐」の姓を与えられたとある。
  • 867年貞観9年)に、安曇大野川の梓水神社とともに、正六位上から従五位下に昇叙されたと、『日本三代実録』に記録が残る。
  • 1458年長禄2年)の墨書銘をもつ木造の狛犬が残る[4]
  • 信府統記』の「松本領諸社記」には、「薄宮大明神」として「山奥の大明神平に降りた神が、笹の葉に乗って薄川をくだり薄畑に着き、現在の社地に移った」との伝承が記録されている。

境内

本殿の建築年代は明らかになっていないが、延宝8年(1680年)以降の棟札が多く残っている[4]

境内の「桜之宮」には聖徳太子が祀られている。

例祭

お船祭り
江戸時代にはじまり、現在は毎年5月5日に行われる例祭である。9つの町会がもっている「お船」(一般には山車(だし)と呼ばれ、曳き山・屋台・舞台などと呼称することもあるが、須々岐水神社では「お船」と呼ぶ)を境内まで曳く。9基のお船には彫刻が施されており、いずれも長野県宝に指定されている。
御柱祭り
7年に1回、年と年に行われる。松本市の重要無形民俗文化財に指定されている。

交通アクセス

公共交通機関[3]
JR松本駅からタクシーで20間。
自家用自動車[3]
長野自動車道松本インターチェンジから7キロメートル自動車で25分間。駐車場はない。

脚注

  1. ^ 長野県神社庁「神社紹介 松塩筑支部」より(2016年1月24日閲覧)。
  2. ^ 座標はジオロケーター 日本語版にて「須々岐水神社」をキーワードに検索して得た(2016年1月24日閲覧)。
  3. ^ a b c 信州・長野県観光協会「長野県公式観光ウェブサイト さわやか信州旅.net 須々岐水神社」より(2016年1月24日閲覧)。
  4. ^ a b (5) お船祭りにみる歴史的風致”. 松本市. 2022年9月10日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク




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