靴は何を開示するのか
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 16:40 UTC 版)
「マルティン・ハイデッガー」の記事における「靴は何を開示するのか」の解説
ハイデッガーは靴を例にとる。靴はそれを使用するだけで道具として開示される。となると、絵を描いてもまた開示されるということはあり得ないのではないか。しかし、異なる方法で開示されることは可能かもしれない。1930年、ハイデッガーはフィンセント・ファン・ゴッホが描いた靴の絵8作品のうちの1作を目にした。それは1886年の『古靴』と思われる。ハイデッガーは靴の持ち主を農婦と仮定し、靴が「大地」に帰属すると主張する。 履き古された靴の暗い内側から仕事に疲れた農婦の足取りがこちらを見つめる。そこには、吹きすさぶ畑の遙かに続く畝の間をゆっくりたどる農婦の粘り強さが蓄積されている。革の上には豊かな湿った土がついている。靴底の下に広がるのは、夕闇迫る寂しいあぜ道だ。この靴には、大地の声なき呼びかけが熟れていく小麦という大地の静かな賜物が、作付けされていない冬の畑の荒涼が響いている。 この散文のなかでハイデッガーは靴が人間の「世界」にも属していると書く。 この用具には、パンが手に入るだろうかという愚痴にはならない心配事や、今度も窮乏を乗り越えたという言葉にならない喜びや、出産の不安や死の脅威への恐れが染みこんでいる。……この美術作品は大地と世界の双方に属している。
※この「靴は何を開示するのか」の解説は、「マルティン・ハイデッガー」の解説の一部です。
「靴は何を開示するのか」を含む「マルティン・ハイデッガー」の記事については、「マルティン・ハイデッガー」の概要を参照ください。
- 靴は何を開示するのかのページへのリンク