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長谷川健志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/06 11:27 UTC 版)

長谷川健志
Kenji Hasegawa
基本情報
日本語 長谷川健志
国籍 日本
生年月日 (1960-04-04) 1960年4月4日(63歳)
出身地 千葉県
キャリア情報
出身 青山学院大学
指導者経歴
1985-1988
1989-1993
1997-2013
2014-2016
2017
青山学院大学(AC)
青山学院大学
青山学院大学
男子日本代表
栃木ブレックス

長谷川 健志(はせがわ けんじ、1960年4月4日 - )は、日本バスケットボール指導者。元男子日本代表ヘッドコーチ。

略歴

青山学院大学卒業後、NIKE入社。1989年青山学院大学バスケットボール部男子監督に就任し、インカレ優勝を含めファイナル4進出7回、関東大学リーグ戦優勝5回、関東大学選手権大会優勝5回、全日本大学バスケットボール選手権大会優勝4回のチームに成長させた[1]。また、日本学生選抜監督、ジョーンズカップ日本代表監督、ユニバーシアード日本代表コーチを歴任、2007年夏季ユニバーシアード(バンコク大会)日本代表監督を務めた[2]。2013年10月の東アジア競技会でも日本代表チームを指揮した[3]

2014年男子日本代表監督に就任。2014年アジア大会での20年ぶりの銅メダル獲得。

史上唯一のNBA日本人新人選手としてレギュラーシーズン開幕戦出場して得点及びアシスト記録で勝利に貢献の輝かしい実績持つ173cmのポイントガード田臥勇太を主将任命し2015年アジア選手権での18年ぶりのベスト4進出などを達成し2016年リオデジャネイロオリンピックのバスケットボール競技・男子世界最終予選ベオグラード大会出場権確保したが、六か国で争う世界最終予選は最下位でオリンピック出場権の獲得はならなかった。

田臥は15年6月30日の日本代表合宿・公開練習で自身より17歳若い当時高校3年17歳ながら代表候補に抜擢された(西アフリカのベナン共和国出身の実父持つ)八村塁と共に汗を流して、「能力が高い、羨ましい」と絶賛。長谷川も指導者として「高校生離れしている」とコメント。

2016年11月30日付けで、任期の2018年3月を待たずに任期途中での解任となった[4]。解任の理由は、「東京五輪に向けて、新たな再スタートを切りたいと思います」という協会側の方針理由だった。

2017年、田臥という大看板抱えるBリーグ・栃木ブレックスHCに3年契約で就任[5]。しかしながら自身の体調不良で11月10日付で退任[6]した。

著書

脚注

関連項目




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