鐘楼と梵鐘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 21:30 UTC 版)
現在境内の鐘楼にある鐘は、第2次世界大戦時に供出された鐘がついに戻らなかったため新たに鋳造されたものである。供出した鐘は『新編武蔵国風土記稿』の記述にある開山200年忌のとき始めて鋳造した鐘と推定され、1796年(寛政8年)造られたものである。新しい鐘は口径1メートル強、高さ1.6メートル、重量が450貫(1687キログラム)で、富山県高岡市の老子製作所が鋳造を担当した。鐘楼前には記念碑があり、寄付者の名前が彫り込まれている。
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鐘楼と梵鐘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 19:18 UTC 版)
桁行1間、梁間1間、入母屋造、銅板葺鐘楼は1717年(享保2年)建立で梵鐘の鋳造はその1年後であった。戦時中の金属供出により梵鐘が撤去されてしまったが、1950年(昭和25年)に新たに梵鐘が鋳造された。1974年(昭和49年)の本堂再建の際現在位置に曳き家され、その後の昭和50年代に波板鉄板葺から銅板に葺き替えられた。
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