金勝寺 (奈良県平群町)とは? わかりやすく解説

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金勝寺 (奈良県平群町)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/29 02:09 UTC 版)

金勝寺
所在地 奈良県平群町椣原53
位置 北緯34度38分37.3秒 東経135度42分16秒 / 北緯34.643694度 東経135.70444度 / 34.643694; 135.70444座標: 北緯34度38分37.3秒 東経135度42分16秒 / 北緯34.643694度 東経135.70444度 / 34.643694; 135.70444
山号 椣原山
宗旨 新義真言宗
宗派 真言宗室生寺派
本尊 薬師如来
創建年 天平18年(746年
開山 行基
札所等 大和北部八十八カ所霊場
第四十番
公式サイト 真言宗 金勝寺
法人番号 1150005003346
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金勝寺(きんしょうじ)は、奈良県平群町椣原にある真言宗室生寺派寺院[1]山号は、椣原(しではら若しくは、ひではら)山。本尊は藤原時代の作である薬師如来座像[2]

概要

寺伝によれば、当寺は天平18年(746年行基菩薩の創建とされる[2]。寺領700を賜り、金堂、大講堂、阿弥陀堂、護摩堂、三重塔、食堂その他塔頭坊舎36ヶ坊の伽藍を建立されたと伝えられる[2]

旧金堂の鰐口には「大永二年壬午正月十六日(1522年2月22日)」の銘があり、複数回の火災で焼失して再建した中の一つとみられる[2]天正年間に松永久秀の焼打によって建造物はことごとく焼失し、寺領も没収された[2]

金堂は寛文5年(1665年)の再建で、本尊の薬師如来座像、脇侍日光月光両菩薩や十二神将像を祀っている他、薬師三尊像を安置している。本尊とともに薬師三尊像も、町指定の文化財である。現在の護摩堂、宝庫、庫裏、内門などは1902年明治35年)の再建[2]。護摩堂内には、大日如来座像、阿弥陀如来立像、十一面観音など古式の霊像が安置されている[3]。この他、岸壁には,康正2年(1456年)や天正16年(1588年)の銘が入った磨崖仏14体(町指定文化財)がある[2]

金堂の、向かって右側丘陵上には鎮守社である原神社がある。

寺の対岸の丘陵の金勝寺墓地には、鎌倉期の石造十三重塔(町指定文化財)、十三仏石、地蔵石仏がある。

なお、大和北部八十八カ所霊場の第四十番札所である。

脚注

  1. ^ 真言宗室生寺派”. JAPANESE RELIGIONS (2018年12月31日). 2022年9月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1990.
  3. ^ 平群町史編集委員会 1976, pp. 683–684.

参考文献

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