那彦図とは? わかりやすく解説

那彦図

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/02 15:25 UTC 版)

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那彦図

プロフィール
出生: 1873年同治12年)
死去: 1938年民国27年)4月
中華民国(国民政府)
出身地: 外モンゴルハルハ
職業: 政治家
各種表記
繁体字 那彥圖
簡体字 那彦图
拼音 Nàyàntú
和名表記: なげんと
発音転記: ナーイエントゥー
ラテン字 Na-Yen-t'u
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那彦図(ナヤントゥ、Nayantu)は清末民初の政治家。モンゴル族でありモンゴル・ハルハ薩親王を世襲した。

事跡

1893年光緒19年)、鑲白旗都統兼領侍衛内大臣となる。1898年(光緒24年)、正紅旗都統に移る。1903年(光緒29年)、鑲黄旗都統に転じた。1908年(光緒34年)、健鋭営都統になる。1912年民国元年)、烏里雅蘇台将軍に昇進した。

中華民国成立後は政党活動に加わり、共和党進歩党で理事となった。1913年(民国2年)、政治会議議員となる。翌年、参政院参政となった。同年9月、綏威将軍の位を授与されている。1917年(民国6年)、臨時参議院副議長となる。後に、満州鑲黄都統に復帰した。1925年(民国14年)、善後会議会員となる。1934年(民国23年)3月、蒙古地方自治政務委員会委員となった。

1938年(民国27年)4月、死去。享年66。

参考文献





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