記紀の伝承
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 10:14 UTC 版)
和珥臣の始祖は観松彦香殖稲天皇(孝昭天皇)の長男の天足彦国押人命。天足彦国押人命の母は孝昭天皇の皇后の世襲足媛(尾張連の遠祖瀛津世襲の妹)。孝昭天皇の崩御の後、同母弟の日本足彦國押人尊が即位した(孝安天皇)。 崇神天皇の時代、彦国葺命(ひこくにぶく)が武埴安彦の反乱軍を討伐して有功。 仲哀天皇の崩御後、武振熊命(たけふるくま)が将軍として忍熊皇子の反乱軍を討伐。 応神天皇の皇太子菟道稚郎子の母の宮主宅媛は、日触使主命の娘。 雄略天皇・仁賢天皇・継体天皇に皇妃を輩出。
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