萩分院
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 01:15 UTC 版)
前身の一つであった本願寺萩別院は現在は分院とされている。明治13年(1880)清光寺第八世明月広正代に、萩周辺の真宗門徒が清光寺の土地・建物を譲り受け、西本願寺の許可を得て本願寺の別院としたものである。山門は明倫館の南門を明治15年(1882)に移したもので、総会所は同14年に東光寺の開基堂を移したものといわれる。昭和55年(1980)三月、不審火により本堂天井から上部を全焼し、下部は焼け残ったが、再建されることなく解体された。山門と同様に移築されていた明倫館の観徳門は、火災後に明倫小学校へ移された。昭和62年、本願寺山口別院萩分院となり、萩幼稚園を遺している。
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