羽衣伝説に関する逸話
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 22:41 UTC 版)
フランスのダンサー、エレーヌ・ジュグラリスはさらなる舞踊を求めて日本の「能」を研究する中で「羽衣伝説」を知り、これを題材にした作品「羽衣」を発表。彼女は来日して伝説の舞台となった三保松原を訪れることも希望していたが、病気により叶うことなく35歳の若さで亡くなってしまう。臨終の際には夫に「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」と遺言を残し、それに基づいて夫は彼女の衣装と遺髪を持って来日した。 この秘話に共感した地域住民により、1952年(昭和27年)にエレーヌの功績を称え「羽衣の碑(エレーヌの碑)」が完成、その碑の袂には彼女の遺髪が納められている。
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