美空ひばり (女優)とは? わかりやすく解説

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美空ひばり (女優)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/31 09:53 UTC 版)

美空 みそら ひばり
本名 山本 富久子
(出生名:高城 富久子)
生年月日 (1923-02-16) 1923年2月16日(101歳)
出生地 日本東京府北豊島郡日暮里町
(現・東京都荒川区日暮里地域)
職業 女優
ジャンル 日本映画
活動期間 1938年 - 1943年
配偶者 香取栄二俳優
所属劇団 松竹歌劇団
主な作品
大陸は微笑む』(弥刀研二監督、1940年)
『時代の狼火』(大伴龍三監督、1941年)
『太閤への使者』(益田晴夫監督、1941年)
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美空 ひばり(みそら ひばり、1923年2月16日 - )は、日本昭和戦前期の女優である。

略歴

東京府北豊島郡日暮里町(現在の東京都荒川区日暮里地域)生まれ。本名:高城富久子(結婚後、山本富久子)。松竹少女歌劇学校第5回卒業生として1938年に松竹歌劇団に入団。美空ひばりという芸名はこの入団のときからのもの。先輩に類似した名前の「御空ひばり」がいるが別人。同歌劇団では、小月冴子並木路子加藤治子(御舟京子)の一期後輩。幾野道子の一期先輩。初舞台は浅草・国際劇場

1940年に大都映画に入社し、複数の映画に主演または準主演で出演した。代表的な出演映画は、『大陸は微笑む』(弥刀研二監督、1940年)、『時代の狼火』(大伴龍三監督、1941年)、『太閤への使者』(益田晴夫監督、1941年)。1943年に俳優の香取栄二と結婚して引退した。

引退の数年後に同じ美空ひばりという芸名で別人の少女歌手・加藤和枝が芸能活動を始め、映画にも出演しているが、芸名の使用について了解を求めたという記録等はない。東京新聞が2010年に元・女優のひばり(山本)を取材した際に山本本人は「面識はなく、偶然の一致」と語っている。さらに歌手のひばり(加藤)がデビューした当時は活躍中の加藤を気遣って「美空ひばり」であったことは山本側からは一切明かさなかったという。また、生前加藤が所属していたひばりプロダクション側も、山本については全く知らなかったとしている[1]

芸名について

1979年の隔週刊女性誌『微笑』に掲載されたひばり(山本)への取材記事によれば、美空ひばりという芸名は松竹歌劇団入団時に歌劇団側から提示された3つの名前の中から本人が選んだもの。先輩に類似した名前の「御空ひばり」がいたことは本人も聞いている。この「御空ひばり」は1931年入団である(下記の参考文献参照)。芸名字の「美空」については宝塚歌劇団に男役として活躍していた美空暁子がいたことが影響している可能性がある(1933年宝塚入団、1941年退団。退団後は南美江)。

歌手の美空ひばりとの関係

歌手および女優の美空ひばり(加藤和枝)が「美空ひばり」の名を使っていることについて、山本は「複雑な心境」だったと語っている。加藤の人気が上がるにつれ「自分のかつての芸名と同じだなんて、だんだん人にいう気になれなくなりました」「むしろ、そのことをなるべく隠すようにしていました」という。なお山本は日本コロムビアの社内で加藤に一度会ったことがあり[2]、そのとき加藤にサインをもらったという。また「家族全員が大ファン」であるとも語っている。

山本の引退と加藤がひばりの名を使い始めるのとの間があまり離れていないため勘違いがおこることもあったようである。近衛十四郎は映画ポスターにあるひばりの名を見つけて山本の夫の香取栄二に「なんだ、またカミさんは映画に戻ったのか」と言い、香取は「いいえ、あれは子役です」と説明したという[3]

脚注

  1. ^ 東京新聞』2010年7月21日付夕刊「『ひばりでした』と言えず」より
  2. ^ 山本の子供が音羽ゆりかご会に入って日本コロンビアの仕事をしテレビにもときどき出ていた時期に偶然会ったということのようである。
  3. ^ 以上『微笑』1979年

参考文献

  • 松竹歌劇団編集『松竹歌劇団50年のあゆみ:レビューと共に半世紀』(国書刊行会、1978年)
    • 各年の入団者の姓名が掲載。
    • 美空ひばり(山本)は159頁(松竹少女歌劇学校第5回卒業生、1938年入団)。
    • 似た名前の御空ひばりが151頁(第9期生、1931年入団)。
  • 「恥ずかしながら私こそ初代・美空ひばり」(取材と文:松村喜彦)、『微笑』(祥伝社)1979年2月10日号、160-165頁
    • 取材時の写真と芸能活動時の複数の写真を掲載(松竹歌劇団、出演映画、北支慰問団)。
    • 映画法による内務省発行の美空ひばりの名の登録証明書の写真も掲載。
  • 西木正明『一場の夢:二人の「ひばり」と三代目の昭和』(集英社、2005年)
    • ひばり(山本)の連絡先を突き止められず本人への取材はできなかったと記している(97-98頁)。
  • 本庄慧一郎『幻のB級!大都映画がゆく』(集英社、2009年)148-150,168-169頁
  • 東京新聞』2010年7月21日付夕刊「『ひばりでした』と言えず」
    • ひばり(山本)本人に取材している。
  • 「もう一人の美空ひばり」、 西川昭幸『日本映画100年史:明治・大正・昭和編』(ごま書房新社、2016年)104-105頁

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