素意
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素意(そい、生年不詳 - 寛治8年2月29日(1094年3月18日))は、平安時代中期から後期にかけての貴族・僧侶・歌人。俗名は藤原重経または成経。藤原南家巨勢麻呂流、越前守・藤原懐尹、または、宮内少輔・藤原成尹の子。権中納言・藤原重尹の養子。官位は従五位下・紀伊守。紀伊入道とも称される。
概要
天喜元年(1053年)ごろ淡路守、のち紀伊守と後冷泉朝で受領を歴任。この間の天喜3年(1055年)「六条斎院歌合」などに参加している。紀伊守在任中の康平7年(1064年)に出家し、紀伊入道と称した。延久3年(1071年)大和国多武峰に移り、永保3年(1083年)には和泉国に寂静寺を開いた。なお、永保2年(1082年)には「多武峰往生院歌合」の判者も務めている。
勅撰歌人として、『後拾遺和歌集』に7首、『千載和歌集』に1首が入集している。
官歴
- 天喜元年(1053年) 6月15日:見淡路守[1]
- 康平6年(1063年) 2月18日:見紀伊守[2]
- 康平7年(1064年) 日付不詳:出家(紀伊守従五位下)[3]
- 寛治8年(1094年) 2月29日:卒去[4]
系譜
注記のないものは『尊卑分脈』による。
脚注
参考文献
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