米子商人の鬱陵島拝領
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 02:00 UTC 版)
1618年(元和4年)5月16日、江戸幕府は鳥取藩主池田光政(松平新太郎)にあてて伯耆国米子(現、鳥取県 米子市)の商人、大谷・村川の両氏に対し、鬱陵島(当時、竹島)への渡海免許をあたえ、将軍家の家紋を打ち出した船印を立てることを許可した。幕府はまた鬱陵島で林業や漁猟を行う許可も与えていた。これは、両商人が鬱陵島の独占的経営を幕府公認でおこなっていたことを意味する。
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