第1次社会生物学論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 22:40 UTC 版)
E.O.ウイルソンの『社会生物学』の発刊がきっかけになって、ウイルソンvs.「社会生物学研究集団」のあいだに展開された社会生物学批判とそれに対する反論である。社会生物学研究集団は「人民のための科学」を標榜し、米・マサチューセッツ州ボストン周辺の学者達が結成した。中心人物には、S.J.グールド、R.レウォンテインなどがいた。グールドたちの批判は、社会生物学の主張(とくにその最終章)が、人類への進化理論の安易な適用を招き、人種主義・性差別・優生思想等を助長しかねないというものであった。これはイデオロギーあるいは政治的思惑/懸念が科学研究のあり方に介入した例として、しばしばルイセンコ論争と比較される。
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