第四次遠征
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/15 14:00 UTC 版)
西夏遠征の経験が活かされた第一次対金戦争において、モンゴル軍は金側の失態もあり、莫大な戦果を上げた。東方で成功を収めたチンギス・カンは今度は西方に目を向け、ホラズム・シャー朝への遠征を計画し始めた。チンギス・カンは西夏に派兵の要求をしたが、クーデターを起こして即位した神宗がこの派兵要請を拒否すると、モンゴル軍は再び西夏へ侵攻した。ホラズムへの遠征を控えたモンゴル軍は深入りしなかったものの、この遠征で西夏は国勢回復が不可能な状況に陥り、神宗は献宗に位を譲った。
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