矢道長塚古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/25 23:35 UTC 版)
| 矢道長塚古墳 | |
|---|---|
| 所属 | 不破古墳群 |
| 所在地 | 岐阜県大垣市矢道町(字権現前) |
| 位置 | 北緯35度22分22.60秒 東経136度33分27.17秒 / 北緯35.3729444度 東経136.5575472度座標: 北緯35度22分22.60秒 東経136度33分27.17秒 / 北緯35.3729444度 東経136.5575472度 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 | 墳丘長87m 高さ4.2m(後円部) |
| 埋葬施設 | 粘土槨2基 |
| 出土品 | 銅鏡・玉類・石製品・銅鏃・鉄刀・鉄斧・埴輪 |
| 築造時期 | 4世紀後半-末 |
| 史跡 | 大垣市指定史跡「長塚古墳」 |
| 地図 | |
矢道長塚古墳(やみちながつかこふん)は、岐阜県大垣市矢道町にある古墳。形状は前方後円墳。不破古墳群を構成する古墳の1つ。大垣市指定史跡に指定されている(指定名称は「長塚古墳」)。
概要
| 地域 | 古墳名 | 墳丘 | |
|---|---|---|---|
| 昼飯 | 花岡山古墳 | 前方後円墳 | 60m |
| 垂井北群 | 親ヶ谷古墳 | 前方後円墳 | 85m以上 |
| 矢道 | 矢道長塚古墳 | 前方後円墳 | 90m |
| 青墓 | 粉糠山古墳 | 前方後方墳 | 100m |
| 昼飯 | 昼飯大塚古墳 | 前方後円墳 | 150m |
| 青墓 | 遊塚古墳 | 前方後円墳 | 80m |
岐阜県西部、大谷川と相川に挟まれた扇状地に築造された古墳である。1929年(昭和4年)に瓦土採掘に伴う発掘がおこなわれて副葬品が出土し、現在は後円部の墳丘が失われている。 1990年(平成2年)・2003-2004年度(平成15-16年度)に墳丘周囲の発掘調査が実施されている。
墳形は前方後円形で、前方部を西方向に向ける。墳丘外表では葺石が確認され、ベンガラで赤彩した円筒埴輪・朝顔形埴輪が出土している[2]。また墳丘周囲には盾形の周濠が巡らされる[2]。埋葬施設は後円部墳頂における粘土槨2基で、墳丘主軸に直交して東西に並ぶ[2]。昭和4年の発掘では、両棺の内外から三角縁神獣鏡5面・内行花文鏡1面のほか、玉類・石製品・銅鏃・鉄刀・鉄斧が出土している。築造時期は、古墳時代前期の4世紀後半-末頃と推定される[2]。
古墳域は1967年(昭和42年)に大垣市指定史跡に指定されている。
遺跡歴
- 1929年(昭和4年)、瓦土採掘に伴う3回の調査・記録。副葬品出土(藤井治左衛門、1929年に報告)[2]。
- 1967年(昭和42年)9月1日、大垣市指定史跡に指定。
- 1990年(平成2年)、範囲確認調査・地中レーダー探査(大垣市教育委員会、1993年に報告)。
- 2003-2004年度(平成15-16年度)、範囲確認調査。周辺で方形墳墓5基確認(大垣市教育委員会、2006年に報告)。
墳丘
墳丘の規模は次の通り[2]。
- 墳丘長:約87メートル
- 後円部
- 直径:長径65メートル、短径53メートル
- 高さ:4.2メートル
- くびれ部
- 幅:32メートル
- 前方部
- 幅:44メートル
- 高さ2.7メートル
後円部は、墳丘主軸と直交方向にやや長い楕円形を呈する[2]。墳丘周囲には盾形の周濠が巡らされ、後円部北東側・くびれ部北側の最低2ヶ所で陸橋が確認されている[2]。
埋葬施設
埋葬施設としては、後円部墳頂において粘土槨2基が構築されている。いずれも墳丘主軸に直交し、東西に並ぶ。
東棺は、粘土で被覆した割竹形木棺と推定される。残存木棺は長さ5.45メートル・幅0.45メートルを測る。副葬品として、棺内から三角縁神獣鏡3面・玉類・鍬形石3・鉄刀3が、棺外から鉄刀・銅鏃・鉄斧が出土している[2]。
西棺は、粘土で被覆した箱形木棺と推定される。残存木棺は長さ1.76メートル・幅0.3メートルを測る。副葬品として、棺内から内行花文鏡1面・三角縁神獣鏡2面・玉類・石釧76・盒子・石杵2・鉄刀2が出土している[2]。
出土品
古墳から出土した副葬品は次の通り[2]。
- 東棺出土
-
- 棺内出土
- 中国製三角縁神獣鏡 2 - 波文帯三神三獣鏡、唐草文帯二神二獣鏡。
- 仿製三角縁神獣鏡 1 - 獣文帯三神三獣鏡。
- 勾玉 2
- 管玉 48
- 玻璃製小玉
- 鍬形石 3
- 鉄刀 3 - 素環頭鉄刀を含む。
- 棺外出土
- 銅鏃 14
- 鉄刀 5
- 鉄斧 4
- 棺内出土
- 西棺出土
-
- 棺内出土
- 仿製内行花文鏡 1
- 仿製三角縁神獣鏡 2
- 勾玉 2
- 管玉 145
- 玻璃製小玉
- 石釧 76
- 碧玉製盒子 1組
- 石杵 2
- 鉄刀 2
- 棺内出土
- その他
-
- コウヤマキ製棺片、棺内採取水銀朱 - いずれの棺か不明。
-
鍬形石
-
合子
-
石杵
文化財
大垣市指定文化財
- 史跡
- 長塚古墳 - 1967年(昭和42年)9月1日指定。
関連施設
- 東京国立博物館(東京都台東区) - 矢道長塚古墳の出土品を保管。
- 関ケ原町歴史民俗資料館(関ケ原町関ケ原) - 藤井治左衛門の所蔵品を保管。
脚注
参考文献
(記事執筆に使用した文献)
- 史跡説明板(大垣市教育委員会設置)
- 「長塚古墳」『岐阜県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系21〉、1989年。ISBN 4582490212。
- 中井正幸「長塚古墳 > 美濃長塚古墳」『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年。 ISBN 4490102607。
- 横幕大祐「長塚古墳 > 矢道長塚古墳」『続 日本古墳大辞典』東京堂出版、2002年。 ISBN 4490105991。
関連文献
(記事執筆に使用していない関連文献)
- 藤井治左衞門「岐阜縣不破郡靑墓村字矢道長塚古墳」『考古學雜誌』第19巻第6号、考古學會、1929年6月、365-373頁。
- 藤井治左衞門「岐阜縣長塚古墳第二囘發掘品報告」『考古學雜誌』第19巻第7号、考古學會、1929年7月、432-436頁。
- 藤井治左衞門「岐阜県長塚古墳第三囘發掘品報告」『考古學雜誌』第19巻第9号、考古學會、1929年9月、365-373頁。
- 『岐阜県史』 通史編原始、岐阜県、1972年。
- 『長塚古墳 -範囲確認調査報告書-』大垣市教育委員会〈大垣市埋蔵文化財調査報告書第3集〉、1993年。
- 『矢道長塚古墳2 -範囲確認調査報告書-』大垣市教育委員会〈大垣市埋蔵文化財調査報告書第16集〉、2006年。
- 『大垣市史』 考古編、大垣市、2011年。
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