独立までの背景
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 02:17 UTC 版)
16世紀中期にスペインによって征服され、コロンビアは植民地支配下に入った。1717年にはペルー副王領から分離してヌエバ・グラナダ副王領が設置され、かつて先住民ムイスカ族の都があったボゴタに副王が置かれた。この副王領は財政難のため、いったん廃止されるが、ヌエバ・グラナダの民衆は宗主国スペインの重税と抑圧に苦しめられていた。 1781年3月16日、ソコロ地方(現在のサンタンデル県)でタバコ税などの重税と物価高騰に端を発したコムネーロスの反乱が起こると、クリオーリョを中心とするコムン(革命委員会)が設けられ、反乱の要求は増税撤回から独立にまで膨らんだが、副王フロレスは反乱の指導者であるホセ・アントニオ・ガランをボゴタで四つ裂きの刑に処し、反乱は鎮圧された。
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