無原罪の御宿り
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/27 23:24 UTC 版)
おそらくこの祭壇画の主題として当初望まれていたのは、聖母マリアの処女懐胎の秘蹟である無原罪の御宿りに、より近いものだった。無原罪の御宿りには独特な概念が存在し、教会はキリストは処女たるマリアを母として誕生した神の子であるという教理を常に掲げてきた。15世紀にはフランシスコ修道会を中心として処女マリア崇敬が盛んとなり、マリアの処女懐胎は「純潔」と同義になっていった。このマリア崇敬はマリアが処女のまま神の子を生んだとする秘蹟に対するものではなく、マリアが神の子を宿したことによってアダムとエバの末裔たる人類が逃れることのできない原罪から、マリアが解き放たれたことに対する信仰である。当初の『岩窟の聖母』の納品指定日は12月8日だったが、これは無原罪の御宿りの祝日が12月8日だったためである。『岩窟の聖母』の制作依頼がなされた1483年は、ローマ教皇シクストゥス4世が無原罪の御宿りの教義を受け入れないものはカトリックから破門すると脅した年でもあった。
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