棡原地区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/23 20:51 UTC 版)
沿川の棡原(ゆずりはら)地区は、かつては長寿の里と呼ばれ、往時には山村集落としてにぎわった。しかし近年は住民の高齢化が進み、また都市一極集中政策が続いていることもあって当地も過疎化を免れず、唯一の公共交通機関である富士急バスの路線バスも採算悪化などから大幅減回され(2006年現在、毎日 5往復程度運行)、学童の送迎にスクールバスが運行されるなど生活に不便が生じている。 近年、東京都心に直通する通勤列車の便が大月市まで延長されたことなどを受け、下流の桂川流域には団地が造成されるなどの変化もあったが、一旦鶴川沿いに入るとかつての山村のままの里山的風景が残っており、関東近県にもかかわらず懐かしい風景が広がっていることからテレビ放送などで紹介されることもある。
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