栗田邦住とは? わかりやすく解説

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栗田邦住

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/04 14:42 UTC 版)

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栗田 邦住(くりた くにずみ、1838年2月20日天保9年1月26日) - 1921年大正10年)12月16日)は、日本実業家政治家愛媛県会議員。愛媛県喜多郡天神村初代村長、同村会議員、同郡会議員。大洲銀行監査役[1]。内子銀行専務取締役[1]。愛媛製糸取締役[2]

経歴

伊予・喜多郡天神村(のち愛媛県喜多郡平岡村、同郡天神村・同郡五十崎町、現内子町)で、庄屋職・栗田拙民の子として生まれた[1]。母は志那氏[1]農業を営む[1]。幼くして漢籍に志し、新谷藩政堂主児玉賢蔵の門に入り漢学を修めた[1]

明治維新期に惣代・戸長を拝命[3]1890年1月、初代天神村長に就任して1897年まで村政を担当した[3]1897年9月、県会議員になった[3]。また、郡会議員も務めた。1897年頃、新谷銀行平岡支店が開店し、支店長として金融経営に従事した[3]

人物

初代天神村長として村政の基礎を確立した[3]ため池を構築し、耕地整理の完成に努めた[3]。信仰心厚く寺社の世話係をつとめ、金品を寄進した[3]。住所は愛媛県喜多郡天神村大字平岡。

家族・親族

栗田家
  • 父・拙民(平岡村百姓庄屋職)[1]
  • 弟・熊雄1855年 - 1925年、政治家、篤農家、蚕種家)[4][5] - 幼名は熊之進[3]1896年、蚕種製造を経営し、大正時代には種繭審査会に出品し、毎回合格し優秀な種繭の製造に努めた[3]。兄邦住隠居により1905年3月13日に相続して戸主となる[6]1914年から2期8年間、天神村会議員を務めるとともに、1919年から1期、県会議員を務めた[3]
    • 同妻・キクノ(重松村、安達玄杏の長女)[6]
    • 同二男・敬治郎1888年 - ?、大洲銀行取締役、新谷銀行取締役)[7]
    • 同女・悌子1908年 - ?、愛媛県人・池田貫兵衛の孫で、池田商店出資社員・池田鐡太郎の妻)[7][8]

脚注

  1. ^ a b c d e f g 『愛媛県会議員略伝 第2編』39 - 40頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月30日閲覧。
  2. ^ 『日本全国諸会社役員録 明治30年』愛媛県348頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年1月4日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『改訂 五十崎町誌』886 - 889頁。
  4. ^ 『大日本篤農家名鑑』100頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月30日閲覧。
  5. ^ 『喜多郡の華 附・上浮穴郡小田郷』7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月30日閲覧。
  6. ^ a b 『愛媛県人物名鑑 第2輯 喜多郡、上浮穴郡、伊予郡之部』喜多郡くの部76 - 77頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月30日閲覧。
  7. ^ a b 『人事興信録 第9版』く54頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月5日閲覧。
  8. ^ 『人事興信録 第11版 上』イ154頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年12月16日閲覧。

参考文献

  • 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 明治30年』商業興信所、1893 - 1911年。
  • 奥村次郎編『愛媛県会議員略伝 第2編』奥村次郎、1900年。
  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 小川薫水編『喜多郡の華 附・上浮穴郡小田郷』小川寳文館、1914年。
  • 『愛媛県人物名鑑 第2輯 喜多郡、上浮穴郡、伊予郡之部』海南新聞社、1923年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937 - 1939年。
  • 五十崎町誌編纂委員会編『改訂 五十崎町誌』五十崎町、1998年。



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