東田大塚古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/08/15 18:11 UTC 版)
東田大塚古墳 | |
---|---|
![]() 東田大塚古墳(国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成)
|
|
所属 | 纒向古墳群 |
所在地 | 奈良県桜井市東田字大塚 |
位置 | 北緯34度32分36.7秒 東経135度50分0.2秒座標: 北緯34度32分36.7秒 東経135度50分0.2秒 |
形状 | 纒向型前方後円墳 |
規模 | 全長約120m 後円部径約68m、前方部長約50m、周濠幅約21m |
築造年代 | 3世紀後半[1] |
埋葬施設 | 周濠外堤部1基[2] |
被葬者 | 不明 |
指定文化財 | 国指定(纒向古墳群) |
東田大塚古墳(ひがいだおおつかこふん)は、奈良県桜井市の纒向古墳群に属する古墳。2006年1月26日、纒向古墳群の一つとして国の史跡に指定された。
概要
- 所在地:桜井市東田字大塚
- 被葬者:不明
- 築造時期:古墳時代初頭(3世紀後半)[3]
- 墳 形:纒向型前方後円墳丘墓(葺石・埴輪なし)
- 規 模:全長約120メートル、後円部径約68メートル、後円部高さ9メートル、前方部長約50メートル、周濠幅約21メートル、周濠深さ1.3メートル[1]。
- 現在はかなり削られている前方部が西南に長く延びる。試掘調査により前方部に盛土が残っていることが確認され[4]、2007年4月12日、桜井市教育委員会は全長がこれまでの推測より14メートル長く110メートル以上である旨を発表した。
脚注
- ^ a b “纒向遺跡ってどんな遺跡?”. 桜井市纒向学研究センター. 2013年5月4日閲覧。
- ^ a b c “発掘調査現場から(140回) 東田大塚古墳の発掘調査”. 桜井市(広報「わかざくら」 平成10年4月15日号掲載). 2013年5月4日閲覧。
- ^ “発掘調査現場から(229回)東田大塚古墳前方部の調査”. 桜井市(広報「わかざくら」 平成19年7月掲載). 2013年5月5日閲覧。
- ^ “発掘調査現場から(234回)東田大塚古墳の範囲確認調査”. 桜井市(広報「わかざくら」 平成20年5月掲載). 2013年5月5日閲覧。
関連項目
東田大塚古墳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/28 17:43 UTC 版)
桜井市東田字大塚に所在する。葺石をともなうが埴輪は検出されていない。埋葬部は未調査であり、不明な点が多い。出土遺物には、土師器(布留0式)、木製品があり、周濠外堤部より東海系壺片で蓋をした中部瀬戸内系土器棺による甕棺の埋納痕跡を確認している。なお、試掘調査により前方部に盛土が残っていることが確認され、2007年、桜井市教育委員会は全長がこれまでの推測より14メートル長く110メートル以上におよぶ旨発表した。
※この「東田大塚古墳」の解説は、「纒向古墳群」の解説の一部です。
「東田大塚古墳」を含む「纒向古墳群」の記事については、「纒向古墳群」の概要を参照ください。
- 東田大塚古墳のページへのリンク