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斎藤太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/03 16:06 UTC 版)

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斎藤太郎

斎藤 太郎(さいとう たろう、1849年2月13日嘉永2年1月20日[1][注 1]) - 1922年大正11年)7月11日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功四級、功二級[3]

経歴

周防山口藩阿武郡椿郷東分村(山口県阿武郡椿郷東分村、椿東村、萩町を経て現萩市)出身[1]。士族・斎藤喜作の長男として生まれ、1880年(明治13年)家督を相続する[1]1872年(明治5年)4月、陸軍歩兵少尉に任官する[3]1878年(明治11年)陸軍戸山学校に入学[1]。以来累進し、日清戦争では第2軍兵站司令官として出征[2]。のち歩兵第1連隊長に転じ、1897年(明治30年)10月、大佐に進む[3]1901年(明治34年)11月、陸軍少将に進級と同時に歩兵第14旅団長に補され日露戦争に出征し、第1師団と協同し203高地攻略で軍功を挙げ、その後も第3軍の主力部隊として戦った[2]1907年(明治40年)1月、陸軍中将に進級と同時に後備役に編入した[2][3]

栄典

脚注

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注釈

  1. ^ 『日本陸軍将官辞典』322頁では1月21日生。

出典

  1. ^ a b c d 人事興信所 1903, 949頁.
  2. ^ a b c d 福川 2001, 322頁.
  3. ^ a b c d 外山 1981, 36頁.
  4. ^ 『官報』第5587号「叙任及辞令」1902年2月21日。

参考文献




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