御中間組
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 15:29 UTC 版)
景勝期譜代の中間から構成される組であり、職制が組の名前の由来となった。一般的に知られている武家奉公人の中間とは異なり、家格は下士階級の三扶持方並と同様であった。加えて、足軽とは異なり幕府の五役である御中間と同様に江戸初期から世襲制であった。平時は二の丸北に位置する御厩での馬飼育や馬苦労口町で開かれる馬市の警備を行った。また、参勤行列や平時の行列に加わり、召馬の先立や口取りも行った。
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