彫版印刷の登場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 14:01 UTC 版)
16世紀末、腐食銅板による楽譜印刷が登場した。1586年、シモーネ・ヴェロヴィオ(英語版)は、腐食銅板による楽譜印刷業をローマで起業した。1613年には、ウィリアム・ホール(英語版)が銅版を彫刻することにより楽譜を浄書した。しかし、銅板は高価である上に、この方式は高度な加工技術と長い処理時間を要するものであった。よって17世紀末頃からは、銅版の代わりに安価で加工しやすいしろめ(ピューター)を利用する方式が一般的となっていった。 ただ依然として、手彫りのために手間と時間を要し、音符の大きさは不揃いになりがちだった。この問題を解決したのが、1720年にジョン・クリューアーが開発した方式であった。この方式は、音符などは硬い金属でできた活字を打ち付けることで板に窪みをつけ、五線やタイなどの曲線を針状のもので彫るというものであった。これによって、音部記号や音符の形状が統一され、整然とした刷り上がりが保証された。しかし、版の耐刷性は低く、だからといって合金の強度を上げるとひび割れを起こしやすくなるので、大量の印刷には向かなかった。ただ、この方式は様々な改良を受けて、21世紀初頭まで用いられていた。
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