帝国外のキリスト教の国教化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 09:29 UTC 版)
「古代末期のキリスト教」の記事における「帝国外のキリスト教の国教化」の解説
上節で述べたようにローマ帝国でキリスト教が国教化したのは388年であるが、それより前に帝国外ではアルメニア王国、コーカサス・イベリア(グルジア)、エチオピアのアクスム王国などキリスト教を国教とした国家が存在した。また、帝国の外への伝道もすすんで、3世紀末にはペルシアのクテシフォンに教会ができたが、シャープール2世に迫害された。410年にはセレウケイア(現イラク)で会議が開催されるほど組織されていた。カスピ海沿岸、カフカースへも伝道が企てられた。
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