山頂信仰遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/11 07:13 UTC 版)
古では山頂に近づくほどより強い神聖性を持つと考えられてきた。そのため山頂に対して寄進・奉納が繰り返され、その結果現在の山頂信仰遺跡が形成された。山頂における最初の宗教的施設は、末代上人が建立した施設(後の大日堂)が最初とされ、経典や仏像などが奉納された。また内院(噴火口)への散銭は、内院に鎮座するとされる神仏を拝する行為であった。 このように奉納などが繰り返され、山頂には信仰遺跡の一部である仏像などが多く存在していた。しかし廃仏毀釈により多くが撤去され、現在は一部が残るのみである。 また山頂には、火口に突き出す岩が虎の姿に見えることから「虎岩」と呼ばれる岩がある。傍には「虎岩の碑」があり、岸岱筆の『富士山記』(都良香)が刻まれている。
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