宋小濂とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 宋小濂の意味・解説 

宋小濂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/09/07 18:07 UTC 版)

宋小濂
Who's Who in China 3rd ed. (1925)
プロフィール
出生: 1863年同治2年)[1]
死去: 1926年民国15年)
中華民国
出身地: 吉林将軍管轄区吉林副都統管轄区(現在の永吉県
職業: 政治家
各種表記
繁体字 宋小濂
簡体字 宋小濂
ピン音 Sòng Xiǎolián
注音符号 ㄙㄨㄥˋ |ㄠˇ ㄌ|ㄢˊ
注音二式: Sùng Shiǎolián
和名表記: そう しょうれん
発音転記: ソン シャオリェン
ラテン字 Sung Hsiao-lian
テンプレートを表示

宋 小濂(そう しょうれん)は清末民初の政治家。中華民国の初代黒竜江省都督である。鉄梅友梅

事績

清朝の国子監生。黒竜江将軍文案、候補知府、ハルビン鉄路交渉局総弁、海倫同知、フルンボイル副都統などを歴任した。1911年宣統3年)、黒竜江布政使に昇進し、あわせて署黒竜江巡撫となった。

中華民国建国後の1912年民国元年)3月、初代黒竜江省都督に任命された。翌民国2年(1913年)、同省民政長を兼任した。同年8月、辞職し、参政院参政に異動した。後に中東鉄路督弁に就任している。1922年(民国11年)1月、辞任した。

1926年(民国15年)1月、病没。享年64。

  1. ^ 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』764頁による。Who's Who in China 3rd ed, The China Weekly Review (Shanghai),p.698は、1864年とする。

参考文献

 
先代:
周樹模
黒竜江巡撫
1911-1912
次代:
-
  中華民国北京政府
先代:
(創設)
黒竜江都督
1912年3月 - 1913年8月
次代:
畢桂芳



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「宋小濂」の関連用語

宋小濂のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



宋小濂のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの宋小濂 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS