字姫ヶ池上
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 15:21 UTC 版)
「田代町 (名古屋市)」の記事における「字姫ヶ池上」の解説
放生池(跡) 江戸時代には「西どろあき池」「西源蔵池」「上姫ケ池」とも称された農業用の溜池であったが、付近に覚王山日泰寺ができたことにより、日泰寺の参拝者がコイやカメを放つことで功徳を得ようとする池へと変貌し、放生池と呼ばれるようになったとされる。東山公園が開園するまでは景勝地として盛んに人を集めたというが、付近の開発により徐々に埋め立てられ、人家の汚水を集めるようになると水質も悪化したことから、1982年(昭和57年)秋に埋め立てられ、消滅。跡地は駐車場として使用されることとなった。以後は姫ケ池通一丁目交差点北西角付近に残された「殺生禁断 放生池」と刻まれた高さ約2メートルの石碑の存在が、当地にかつて池があったことを示しているのみである。 放生池跡(2021年5月) 「殺生禁断 放生池」の石碑(城山新町)
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